血はなぜ鉄の味がするのか、本当に鉄を感じている?

腕の切り傷を押さえる男の子のイラスト からだの話
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指を切って血をなめると、つんとした鉄の味がします。血に鉄が入っているのは本当ですが、舌や鼻がとらえているのは鉄そのものではありません。あの金属味の多くは、血の中の鉄イオンが口の中の脂を酸化させてできた匂いで、それを鼻の奥で嗅いでいます。肌につく「鉄くさい匂い」も、鉄に壊された自分の皮脂から立つものです。

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血のどこに鉄が入っている?

ヘモグロビンと酸素が手をつなぐ赤血球のイラスト

ヘモグロビンの中心にあるヘム鉄

血の鉄は、赤血球に詰まったヘモグロビンというたんぱく質の中にあります。ヘモグロビンには「ヘム」という部品があり、その中央にあるのが鉄の原子ひとつ。この鉄が酸素とゆるく結びつくおかげで、血は肺で酸素を積み込み、全身へ配ることができます。

体の鉄は3〜4g・約7割が赤血球に

大人の体にある鉄は、全部合わせても3〜4gほどです。長寿科学振興財団の解説によると、そのうち約70%が赤血球のヘモグロビン鉄で、残りの20〜30%は肝臓や脾臓・骨髄に蓄えられています。貧血を「鉄不足」と呼ぶのは、この血のための鉄が足りなくなるからです。

赤い色は鉄そのものの働き

血が赤く見えるのも、ヘムの鉄が関わっています。酸素と結びついた動脈血は鮮やかな赤、酸素を手放したあとの静脈血はやや暗い赤です。色に関しては、鉄がまさに主役といえます。ところが味と匂いになると、話は少し変わってきます。

鉄そのものに味や匂いはある?

赤い血の一滴のイラスト

金属は常温でほとんど気体にならない

匂いを感じるには、その物質が空気中を漂って鼻まで届かなければなりません。鉄のような金属は常温では安定していて、ほとんど気体になりません。理屈のうえでは、鉄のかたまりに鼻を近づけても嗅ぐものが無いはずです。それでも私たちは、鉄棒を握った手を「鉄くさい」と感じます。

「金属味」は基本の五味に入らない

舌が感じる基本の味は、甘味・塩味・酸味・苦味・うま味の五つです。「金属味」はこの中に入っていません。ではあの鉄の味はどこから来るのか。手がかりは、舌ではなく鼻を調べた実験にありました。

鼻をつまむと鉄の味が消える

鼻をつまんでにおいをかぐ女性のイラスト

2004年の硫酸鉄の実験

2004年、米国の研究者ローレスらが発表したのは、硫酸鉄(鉄の塩)の水溶液を口に含んでもらう実験です。鼻をふさいだ状態では、金属味の報告がほぼ水と同じ程度まで下がりました。硫酸鉄と水の区別も、鼻をふさぐとつかなくなったといいます。舌だけで感じる味なら、鼻をふさいでも変わらないはずです。

銅や亜鉛では消えなかった

同じ実験では、硫酸銅と硫酸亜鉛も比べています。こちらは鼻をふさいでも金属味が弱まりませんでした。つまり「金属の味」とひとまとめにされる感覚も、金属の種類によって仕組みが違うらしいのです。鉄の場合は、その大部分が匂いだったことになるわけです。

口から鼻へ抜けるレトロネーザル

香りの感じ方には、鼻先で嗅ぐ経路と、口の中から喉を通って鼻の奥へ抜ける経路の二つがあります。後者の呼び名はレトロネーザル。私たちが「味」だと思っているものの多くは、この経路で届く香りです。鉄の金属味もそのひとつでした。

※ レトロネーザル(retronasal、口中香)とは、口の中の香り成分が喉から鼻の奥へ回り込んで感じられる嗅覚のことです。鼻先で直接嗅ぐ嗅覚(オルソネーザル)と区別されます。

口の中で脂が酸化して匂いが生まれる

舌を噛んで痛がる女性のイラスト

鉄イオンが脂の酸化を進める

匂いのもとは口の中で生まれます。鉄イオン(とくに二価の鉄、Fe2+)には、まわりの脂を酸化させる働きがあるからです。口の粘膜や唾液に含まれるわずかな脂が鉄によって酸化されると、アルデヒドやケトンといった匂いの強い物質ができます。ローレスらはこれが金属味の正体ではないかと考えました。

※ 鉄イオン(Fe2+)とは、鉄の原子が電子を二つ手放して電気を帯びた状態のもので、二価鉄ともいいます。水や汗・血液の中ではこの形で存在し、まわりの物質を酸化させる働きがあります。

唾液の酸化を測った研究

その後の研究では、鉄を加えた唾液そのものの変化も調べられています。2020年の論文では、硫酸鉄を加えた唾液で脂質の酸化を示す値がもっとも高くなりました。そこで生じる揮発性の分解物が、鉄の風味として感じられるという見方です。

血をなめたときも同じ反応

血をなめたときの鉄の味も、この仕組みで説明がつきます。血に含まれる鉄が口の中の脂を酸化させ、生まれた匂いを鼻の奥で感じているわけです。舌の上に鉄があるのは確かですが、感じている中身は脂から生まれた別の分子です。

鉄くさい匂いの正体は1-オクテン-3-オン

2本のきのこのイラスト

汗が鉄を溶かして皮脂を壊す

鉄棒や硬貨を握ると、汗が鉄の表面をわずかに溶かして鉄イオン(Fe2+)ができます。この鉄イオンが分解するのは、皮膚の上で酸化した皮脂(脂質過酸化物)です。2006年にこの仕組みを報告したグリンデマンは、鉄に触れたときの匂いを「皮肉にも人間の体臭の一種」と表現しました。

※ 脂質過酸化物(ししつかさんかぶつ)とは、皮脂などの脂が酸素によって酸化されてできる、こわれやすい物質のことです。これがさらに分解されると、匂いの強い小さな分子に変わります。

きのこに似た金属臭

分解されてできる匂いの主役が、1-オクテン-3-オンという有機化合物です。「金属的できのこのよう」と形容される匂いで、デカナールやノナナールといった別の匂い物質が脇を固めます。実験では7人の参加者が、鉄の板や二価の鉄イオンの溶液に触れた手からこの匂いを嗅ぎ分けました。三価の鉄イオンの溶液では匂いが出なかったといいます。

ごく微量でも鼻に届く

1-オクテン-3-オンは、ほんのわずかでも鼻がとらえる物質です。人が匂いを感じ取れる下限は、空気1立方メートルあたり0.03〜1.12マイクログラムほどとされます。鉄棒を一度握っただけの手が鉄くさくなるのは、このけた違いの感じやすさのためです。血を肌にこすりつけても、同じ分子による金属臭が出ると報告されています。

酸に漬けた鉄はにんにくの匂い

にんにくのイラスト

もうひとつの「鉄の匂い」

グリンデマンらの論文の題は「触れた鉄と、酸に漬けた鉄の二つの匂い」です。炭素やリンを含む鋳鉄や鋼を酸に漬けると、金属的でにんにくのような匂いが立ちます。こちらは皮脂とは関係なく、鉄の側に含まれる成分から生まれる匂いです。

犯人はホスフィンではなかった

金属を扱う分野では、この匂いはホスフィン(リンと水素の化合物)のせいだと考えられてきました。ところが純粋なホスフィンは、吸い込める程度の濃さではほとんど匂いません。論文は、メチル基のついたメチルホスフィンやジメチルホスフィンといった有機リン化合物が本当の匂いのもとだと結論づけています。

鼻血や鉄剤で感じる金属味

鼻血が出た女性のイラスト

のどに回った鼻血や口の中の傷

鼻血がのどに回ったときや口の中を切ったときの金属味は、血の鉄が口の中で匂いを作った結果と考えられます。口の中は温かく湿っていて、唾液や粘膜の脂もそろった環境。反応の舞台としては条件がそろった場所です。

歯みがきのときの金属味

歯をみがいたあとにふと金属味がするときは、歯ぐきからのわずかな出血が原因のことがあります。歯ぐきの炎症があると、目に見えない程度の血でも口の中に広がります。続くようなら歯科で歯ぐきの状態を見てもらうと安心です。

鉄剤を飲んでいるとき

貧血の治療で鉄剤を飲んでいると、口の中に金属味が残ることがあります。ローレスらの実験で使われた硫酸鉄は、鉄剤の成分としてもよく使われるものです。血と同じく、口に入った鉄が脂の酸化を進めていると考えれば自然に説明がつくでしょう。

血と関係のない金属味もある?

銀歯がかぶせてある歯並びのイラスト

詰め物どうしに流れる弱い電流

歯の詰め物やかぶせ物に種類の違う金属が使われていると、唾液を通してごく弱い電流が流れることも。これがピリッとした金属味の原因になる場合もあるとされています。血の鉄とはまったく別の仕組みですが、同じ「金属味」として感じるため混同されがちです。

※ ガルバニック電流とは、種類の違う金属が唾液のような水分を介して接したときに流れる、ごく弱い電流のことです。口の中の詰め物どうしで起きると、金属味や違和感の原因になることがあります。

薬や亜鉛不足による味覚障害

厚生労働省の「重篤副作用疾患別対応マニュアル」は、薬による味覚障害でよく訴えられる症状のひとつに「金属味や渋味など、嫌な味がする」が挙げられています。同じ資料によれば、味覚障害と亜鉛との関わりもよく知られているとのこと。多くの薬を長く飲んでいる人ほど起こりやすいとされます。

長く続くときは相談を

出血も鉄剤も心当たりがないのに金属味が続くなら、体の側に理由があるかもしれません。薬が原因でも自己判断でやめず、医師や薬剤師に相談するのが基本です。口の中の気になる違和感は、歯科や耳鼻咽喉科でも相談できます。

ヒトが血の匂いに敏感なのはなぜ?

やりを持ってマンモスを狩る原始人のイラスト

傷ついた獲物をたどる力という説

グリンデマンは、人が鉄の匂いを嗅ぎ分けられるのは「血の匂いを嗅ぐ能力」とも解釈できると述べています。傷ついた獲物や仲間の血の匂いをたどれることは、遠い祖先の狩りや身の安全に役立ったのではないか。そんな見立てです。

証明された話ではない

ただし、これは研究者自身の推測で、確かめられた進化の筋書きではありません。報道発表でも「推測」として扱われています。血の匂いに敏感な理由をこれ一つで言い切ることはできず、「そう考えると腑に落ちる」段階の話として受け止めておくのが正確です。

血の赤は鉄そのものの色でした。けれど鉄の味と匂いは、鉄が引き金を引いて口や肌の脂から生まれた分子のものです。血をなめて「鉄の味」と思ったとき、私たちが本当に味わっているのは自分自身の一部なのかもしれません。

参考

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