指をポキッと鳴らすあの音は、骨どうしがぶつかる音ではありません。関節を満たす液体の中で、気体の泡が急にできる(あるいは一部がつぶれる)ときの音だと考えられています。どちらの瞬間が音を生むのかは今も議論が続き、2015年のMRI撮影と2018年の計算モデルは別々の答えを出しました。
鳴っているのは骨ではない

関節は液体で満たされた袋
骨と骨のつなぎ目である関節は、「関節包(かんせつほう)」という袋に包まれています。袋の中を満たすのは「滑液(かつえき)」という液体で、骨の表面をおおう軟骨どうしをなめらかにすべらせる潤滑油の役目をしています。指のつけ根でポキッと鳴る関節も、この袋と液体をもつ関節のひとつです。
音が出るのは骨が離れるとき
指を引っぱったり反らせたりしても、骨の表面どうしが打ち合うわけではありません。2015年のMRI研究では、音が鳴った前後で指のつけ根の関節のすき間が平均0.93mmから1.89mmへと広がっていました。音は骨が近づいたときではなく、むしろ離れたときに出ているのです。
音はどこで生まれる?

引っぱると関節の中の圧力が下がる
関節のすき間が急に広がると、袋の中の空間は大きくなるのに液体の量は変わりません。そのぶん中の圧力が下がり、滑液に溶けていた気体が泡となって出てきます。炭酸飲料のふたを開けたとたんに泡が立つのと、よく似たしくみです。
船のスクリューを削る現象と同じ仲間
液体の圧力が下がって泡が生まれる現象を「キャビテーション」といいます。船のスクリューの表面が少しずつ削られる原因としても知られ、1990年の研究は指を鳴らすときの振動をこれにたとえていました。指の関節で起きているのは、規模こそ小さいものの同じ種類の物理現象です。
「泡がつぶれる音」説は1971年に生まれた

1947年、X線写真に写ったすき間
関節の音を初めて科学的に調べたのは、1947年のロストンとウィーラー・ヘインズの研究とされています。指を引っぱりながらX線写真を続けて撮り、音と同時に関節の中へ「透明なすき間」が現れることを確かめました。2人はこれを、液体の中にできた気体の空間だと考えたのです。
1971年、「つぶれる瞬間の音」という説明へ
1971年、アンズワースらの研究チームは音の正体を「泡がつぶれる瞬間」だと説明しました。この説は広く受け入れられ、「泡がはじける音」という説明は今もよく目にします。ただし2015年の論文は、つぶれる様子が直接とらえられたわけではなく、泡が見えなくなったことを「つぶれた」と取り違えた可能性を指摘しています。
2015年のMRIは何をとらえた?

指の関節を動画のように撮影
2015年、カナダのアルバータ大学を中心とする研究チームが、関節の中を動画のように撮るMRIで「ポキッ」の瞬間を記録しました。対象は成人男性1人で、指のつけ根の関節10か所を1本ずつ引っぱって調べています。撮影は1秒間に約3.2コマで、音はそのうち1コマ(0.31秒未満)の間に起きていました。
泡は「できた」まま残っていた
映像に写っていたのは、音と同時に関節のすき間へ空洞が生まれる様子でした。空洞は音のあとも、指を引っぱっているあいだは消えずに残っていたのです。チームはこの結果から、音は泡がつぶれるときではなく「できるとき」に出ると結論づけました。長く信じられてきた説明を、正面から見直す内容です。
決着はまだついていない

2018年、計算で再現された「つぶれる音」
2018年には、アメリカのスタンフォード大学とフランスのエコール・ポリテクニークの研究者が、泡がつぶれるときの音を数式で計算しました。結果は最大で約83デシベル、主な音の高さは約129ヘルツで、実際に測られた指の音とよく合ったと報告しています。音のもとになる圧力の山は、鳴りはじめから約0.1ミリ秒後に来るという計算です。
「一部だけつぶれる」なら両方の結果が合う
2018年の論文が示したのは、泡が完全に消えなくても音は出せるという点でした。一部がつぶれるだけで実際の音の特徴を再現でき、小さな泡はそのあとも残りうるといいます。これなら、MRIで泡が残って見えた2015年の結果とも食い違いません。
論文自身も「音の出どころは今も議論が続いている」と書き出しています。ポキッの正体が「関節の泡に関わる音」であることは確かでも、その先はまだ研究の途中です。
なぜ続けて鳴らせないのか

一度鳴らすと約20分は鳴らない
鳴らした直後の指は、もう一度引っぱってもなかなか音が出ません。1947年の研究のころから知られている性質で、鳴らせない時間はおよそ20分とされています。2018年の論文も、その後の研究で同じことが確かめられてきたと紹介しています。
気体が液体にもどるまでの待ち時間
理由としてよく挙げられるのが、いったん泡になった気体が滑液に溶けもどるまで時間がかかるという説明です。泡が残っているあいだは、関節を引っぱっても新しい泡がいっきに生まれる余地がありません。ただ、泡がどのくらいの速さで溶けもどるのかは、まだくわしく分かっていないのが実情です。
指を鳴らすと関節炎になる?

左手だけを50年鳴らし続けた医師
「指を鳴らすと関節炎になる」という言い伝えに、自分の手で答えを出そうとした医師がいます。アメリカのドナルド・アンガー医師は、左手の指だけを50年にわたって鳴らし続け、右手は鳴らさずに比べました。鳴らした回数は左手だけで少なくとも3万6500回と見積もられています。1998年に専門誌へ送った報告で、指鳴らしと関節炎のあいだに目立った関係は無いと結論づけました。
「60年」と紹介されることもある理由
アンガー医師はこの研究で、2009年にイグノーベル賞の医学賞を受けました。その授賞理由では、鳴らし続けた期間が「60年以上」と書かれています。1998年の報告の時点で50年、そこから受賞までに11年がたっているので、数えた時点が違うだけと考えられます。
300人を比べた研究でも関節炎の差は無し
多くの人を比べた研究でも、関節炎については同じ方向の結果でした。1990年にアメリカ・デトロイトの病院で45歳以上の300人を調べた研究では、指を鳴らすくせのある74人と無い226人で手の関節炎の多さに差が無かったのです。1975年には、老人ホームの入居者28人を対象にした別の研究も関係は見られないと報告していました。
鳴らしすぎて困ることはある?

手のはれと握力の低下
関節炎の差が出なかった1990年の研究は、別の違いも見つけていました。鳴らすくせのある人のほうが手のはれが多く、握る力も弱い傾向があったのです。著者らはこの結果から、くせになるほどの指鳴らしは手の働きを損なうと結論づけています。
「関係がある」と「原因になる」は別
1990年の研究は、ある時点で2つのグループを比べたものでした。鳴らすくせのある人には肉体労働をしている人や喫煙・飲酒の習慣がある人も多く、握力の差が指鳴らしだけのせいとは言い切れません。アンガー医師の実験も、対象は本人1人だけです。鳴らして痛みやはれが出るなら、くせを控えて整形外科で診てもらうほうが安心でしょう。
首や背中のポキッも同じしくみ

背骨の小さな関節にも滑液がある
体をひねったときに背中や首で鳴る音も、多くは関節の中の気体によるものと考えられています。背骨どうしをつなぐ小さな関節も、指と同じく袋と滑液をもつ関節だからです。ひざや肩のように滑液をもつ関節なら、場所は違っても同じことが起こりえます。
首は勢いをつけて鳴らさない
首の骨のすぐそばには、脳へ血液を送る血管や大事な神経が通っています。指と同じ感覚で勢いよくひねるのは避け、こりが気になるときはゆっくり回す程度にとどめるのが無難です。しびれやめまいをともなう首の痛みは、鳴らして様子を見るより先に医療機関で相談したいところです。
毎日のように聞いている「ポキッ」は、骨ではなく関節の液体の中で起きる泡の物理現象でした。泡が生まれる音なのか、つぶれる音なのか。1947年のX線写真から80年近くたっても答えが一つに決まらないのは、身近な音にしては少しふしぎな話です。
参考
- Kawchuk GN et al. Real-Time Visualization of Joint Cavitation. PLOS ONE, 2015
- Chandran Suja V, Barakat AI. A Mathematical Model for the Sounds Produced by Knuckle Cracking. Scientific Reports, 2018
- Castellanos J, Axelrod D. Effect of habitual knuckle cracking on hand function. Annals of the Rheumatic Diseases, 1990
- Scientific American「Crack Research: Good news about knuckle cracking」(2009)
- Improbable Research「Winners of the Ig Nobel Prize」
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