ひざのすり傷はいつの間にか消えるのに、へそは一生残ります。違いを分けるのは傷の深さです。浅い切り傷は表面の皮膚が生え替わって元に戻ります。へそはへその緒が抜けたあと、お腹の壁の奥まで届いた穴がふさがった跡です。底が筋膜に縫い留められた「深い傷あと」なので、平らな肌には戻りません。
切り傷が消えるのは傷が浅いから

表皮だけの傷は元どおりに生え替わる
皮膚は外側の表皮と、その下の真皮の2層構造です。転んだときのすり傷や紙で切った小さな傷は、たいてい表皮の中で止まっています。表皮は新しい細胞が下から次々に作られる層なので、傷がふさがれば同じ皮膚が再生するのです。だから数週間もすれば、どこを切ったのか分からなくなるのです。
真皮まで届くと線維で埋まり跡になる
傷が真皮まで届くと話が変わります。真皮は元どおりには再生せず、壊れた部分は線維の多い組織で埋められます。これが瘢痕(はんこん)、いわゆる傷あとです。慶應義塾大学形成外科の貴志和生教授の解説でも、傷あとが残るかどうかは真皮まで届いたかどうかで決まるとされています。小さな傷でも深ければ跡になります。
※ 瘢痕(はんこん)とは、深い傷が治るときに、元の皮膚とは違う線維の多い組織で埋められてできた跡のことです。
へそは皮膚からお腹の壁までを貫いた跡
へその場所には、生まれる前までへその緒が通っていました。へその緒の血管は皮膚を通り抜け、お腹の壁を貫いて体の中までつながっていたのです。生まれたあとに残るのは、表皮どころか腹壁の奥まで届いた穴でした。切り傷とは深さの桁がまるで違うのです。この深い穴がふさがった跡こそが、へそという傷あと。
へその緒はいつ、どうやって取れる?

中身は2本の動脈と1本の静脈
へその緒(臍帯)は、生まれるころには長さ50センチほど・太さ2センチほどの管になります。中を通るのは静脈1本と動脈2本です。静脈は胎盤から酸素と栄養を赤ちゃんへ運びます。動脈は二酸化炭素や老廃物を胎盤へ戻す側で、行きと帰りで本数が違うのがおもしろいところです。
血管を守るゼリー状のクッション
3本の血管のまわりは、ワルトン膠質(こうしつ)と呼ばれるゼリー状の物質で包まれています。主な成分はムコ多糖類で、触るとぷにぷにとした弾力です。おなかの中で赤ちゃんが動いてへその緒がねじれても、このクッションのおかげで血管がつぶれにくくなっています。
切ったあとは乾いて7〜10日前後で落ちる
出産のあとにへその緒を切ると、赤ちゃん側には数センチの切れ端が残ります。血が通わなくなった切れ端は、乾いて縮みながら茶色く硬くなっていくのです。浜松医科大学小児科の総説によると、ふつうは生後7〜10日前後で自然に落ちます。この脱落を医療の現場では「臍脱(さいだつ)」と呼んでいます。
取れかけでも引っ張らないほうがいい
ぶら下がった切れ端は気になりますが、自分から引っ張るのはすすめられていません。まだつながっている部分を無理にはがすと、出血したり細菌が入って炎症を起こしたりするおそれがあるためです。自然に落ちるのを待つのがいちばん安全だとされています。気になる様子があれば、健診のときに相談するとよいでしょう。
取れた跡は3つの段階でへそになる

まずは小さな肉芽が底をふさぐ
切れ端が落ちた直後のへその底には、ごく小さな肉芽(にくげ)ができます。肉芽は傷を埋めるために盛り上がってくる、赤くやわらかい組織です。ひざの深いすり傷がジュクジュクした赤い面になるのと同じ段階で、へそでもこの組織が穴の底をまず埋めていくのです。
1〜2週間でかさぶたから皮膚へ
肉芽の表面には1〜2週間かけてかさぶたができ、その下で皮膚が少しずつ張っていきます。皮膚がおおい終わると表面は乾き、見慣れたへその姿に。この皮膚が張るのが遅れると、肉芽が残って赤い粒のように盛り上がることがあります。これは臍肉芽腫(さいにくげしゅ)と呼ばれ、報告によって1〜13%の赤ちゃんに見られます。
血の流れは2〜3週間かけて途絶える
へその緒を切った瞬間に、へそ周りの血の流れがすべて止まるわけではないようです。臍の血管がお腹の壁の血管と脇道をつくり、2〜3週間かけて少しずつ流れを失っていく、という仮説が研究者から出されています。流れが完全に消えたところで、へそが完成するという考え方です。
なぜ平らに戻らず一生残る?

瘢痕の皮膚には毛穴も汗腺も戻らない
深い傷を埋めた瘢痕は、まわりの皮膚とは別物です。皮膚の「きめ」が乱れ、毛穴や汗腺のような皮膚の付属器も戻りません。色が変わったり、へこんだりもします。へその内側がつるりとして毛が生えにくいのも、ここが瘢痕だからと考えると納得がいきます。一度できた瘢痕は、時間がたっても元の皮膚には戻りません。
奥で筋膜が穴を閉じて底を留める
へその奥では、皮膚とは別の仕事も同時に進んでいるのです。へその緒が取れると血管は細くしぼみ、同時にお腹の筋肉を包む筋膜が育って、血管が通っていた穴を閉じていきます。兵庫県立はりま姫路総合医療センター小児外科の資料では、へその底はこの筋膜によって「閉鎖・固定される」と説明されています。皮膚の傷あとが奥の壁につなぎ留められた形です。
大人になっても位置はほぼ変わらない
体が大きくなっても、へそは奥の壁に留められたまま一緒に成長します。米メリーランド大学ボルティモア郡校のサラ・ルーペン講師の解説によると、へその高さはふつう背骨の第3腰椎と第4腰椎のあいだに来るそうです。赤ちゃんのころにできた傷あとが、そのまま体の目印として一生使われ続けるわけです。
お腹の内側にも名残のひもがある

静脈は肝臓へ向かう肝円索に
へその緒の名残は、皮膚の表面だけではありません。栄養を運んでいた静脈は、生まれたあとに閉じて細いひものような組織になります。これが肝円索(かんえんさく)です。へそから肝臓の下側へ向かって伸びていて、お腹の手術や画像検査では今も目印として使われています。
2本の動脈は膀胱の両わきに残る
2本の動脈のほうは、根元に近い部分が膀胱へ血を送る血管として今も現役です。へそ側の部分は閉じて、内側臍索(ないそくさいさく)というひもになります。お腹の壁の内側を、膀胱の両わきからへそに向かって走っています。工事が終わっても撤去されずに残った、古い配管のような存在です。
膀胱とへそをつなぐ管の跡もある
胎児のころには、膀胱とへそのあいだに尿膜管(にょうまくかん)という管もありました。ふつうは閉じて正中臍索(せいちゅうさいさく)というひもになります。まれに閉じきらずに残ると、へそからじくじくした分泌物が出る原因になることがあります。へそは表から見えない部分でも、体の中とつながったままの場所なのです。
へそがくぼんでいるのはなぜ?

底だけが奥の壁に引き込まれている
へその底は筋膜に留められています。まわりの皮膚の下には皮下脂肪がありますが、へその底だけは奥の壁から離れられません。そのため周囲が盛り上がるほど、へそは相対的に深くなります。太った人ほどへそが深く見えやすいのはこのためです。いわば、お腹に打ち込まれた一本の鋲(びょう)のような構造です。
くぼみに「へそのゴマ」がたまる
くぼんだ場所には、皮脂や古い角質、服の繊維くずがたまります。これが「へそのゴマ」の正体です。アメリカの研究チームが60人のへそを調べたところ、2,000種を超える細菌が見つかりました。気になっても指や綿棒でほじりすぎると皮膚を傷めることがあるので、入浴のときに泡でやさしく洗う程度で足りるとされています。
でべそは穴の閉じ方で決まる

臍ヘルニアは筋膜の穴が残った状態
赤ちゃんのでべその多くは、臍ヘルニア(さいヘルニア)です。へその奥の筋膜が閉じきらずに穴が残り、泣いたときなどにお腹の圧で中身が押し出されて膨らみます。指で押すと簡単に戻り、痛みがないのがふつうです。へその底を留めるはずの筋膜が、まだ仕事を終えていない状態といえます。
※ 臍ヘルニアとは、へその奥の筋膜に穴が残り、そこから腸などが皮膚の下へ押し出されて膨らむ状態のことです。
穴が無くても出っ張る臍突出症
見た目は同じでべそでも、筋膜に穴が無いタイプがあるのです。臍突出症(さいとっしゅつしょう)と呼ばれ、へその底につながる組織が厚くなっていたり、へその皮膚が余っていたりして出っ張ります。こちらは自然に治る見込みが低く、見た目が気になる場合に手術が検討されます。
1歳で8割、2歳で9割以上が自然に閉じる
臍ヘルニアの穴は、成長とともに自然に閉じることがほとんどです。聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院の説明では、1歳までに80%、2歳までに90%以上で入り口が閉じます。2歳を過ぎても残る場合は自然に閉じる見込みが低く、手術がすすめられる目安の時期です。
圧迫療法は皮膚の伸びを防ぐため
1歳未満では、綿球やスポンジでへそを押さえてテープで留める圧迫療法がよく行われます。ただし圧迫で穴が閉じるようになるわけではありません。主な目的は、膨らみで皮膚が伸びて将来へその形が崩れるのを防ぐことです。貼り替えは1週間に1回程度が目安とされています。
大人のでべそとへその形

大人のでべそは腹圧で開き直る
大人になってから出てくるでべそは、子どもの臍ヘルニアとは成り立ちが別物です。一度閉じたへその奥の組織が伸びて弱くなり、そこへ妊娠や肥満、腹水などでお腹の圧が加わって起こるとされています。女性に多く、自然には治りにくいため外科での相談がすすめられます。強い痛みや膨らみの色の変化があれば急いで受診が必要です。
形は切り方では決まらない
「へその形は、へその緒の切り方で決まる」という話を聞いたことがあるかもしれません。ルーペン講師の解説では、へその見た目はクリップを留めた位置や切った場所とは関係がないとされています。出べそは全体の1割ほどで、多くは生まれつきの体質による違いです。縦長・横長・丸型と人によって形が違うのも、へその奥の留まり方が一人ひとり違うためと考えられています。
ほかの動物にもへそはある?

犬や猫のへそは毛に隠れた細い線
胎盤とへその緒でつながって育つ哺乳類には、どれもへそがあります。犬や猫、モルモットも例外ではありません。ただし人のようにくぼまず、平らな線のような跡にとどまります。そのうえ毛におおわれているので、お腹の毛をかき分けてやっと見つかる程度です。
カンガルーとカモノハシにはない
反対に、へそを持たない哺乳類もいます。カンガルーのような有袋類は、とても小さな状態で生まれて袋の中で育つため、はっきりした跡が残りません。卵で生まれるカモノハシやハリモグラは、そもそもへその緒がありません。並べると、へその有無は育ち方でくっきり分かれます。
| 動物 | へそ | 育ち方 |
|---|---|---|
| 人・犬・猫など | ある | 胎盤とへその緒でつながって育つ |
| カンガルーなど有袋類 | 残らない | 小さく生まれ、母親の袋で育つ |
| カモノハシ・ハリモグラ | ない | 卵で生まれ、へその緒が無い |
毛のない人の肌だから、へそはこれほど目立つのでしょう。すり傷は跡形もなく消え、へそだけが残る。その差は、表面をかすめた傷と、体の奥までつながっていた穴との差です。お腹の真ん中のくぼみは、胎盤で育った哺乳類だけが持つ、最初で最深の傷あとなのです。
参考
- 浜松医科大学小児科学雑誌「臍肉芽腫の病態・診断・治療・予防」(2023年)
- 兵庫県立はりま姫路総合医療センター 小児外科「こどもの臍ヘルニアと臍突出症」
- 聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院「臍ヘルニア」
- The Conversation「Innies, outies and omphalophobia」(Sarah Leupen)
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