テニスの点数はなぜ15・30・40なのか、45だけが縮んだわけ

テニスラケットとボール 言葉と論理の話
スポンサーリンク

テニスの15・30・40は、1時間や1枚の大きな硬貨のように「60」をひとまとまりとして、それを四つに割った刻みだと考えられています。40はもともと45で、1435年の詩にも「45」の形で残っていました。ただし、なぜ60で区切ったのか、なぜ45だけが40に縮んだのかを決める証拠は見つかっていません。有力な説と、分の悪い説を順に見ていきます。

スポンサーリンク

15・30・40はどう数えていく?

テニスでボールを打ち返す男性のイラスト

由来の話に入る前に、いまの数え方をおさらいしておきます。1点ごとに数字が飛ぶうえ、0にも同点にも特別な呼び名がある。ほかの球技にはあまり見かけない仕組みです。

0はラブ、1点目が15、3点目が40

試合の始まりは両者とも0点で、これを「ラブ」と呼びます。1点取ると15(フィフティーン)、2点目で30(サーティ)、3点目で40(フォーティ)。4点目を取ればそのゲームを取ったことになります。15・30と同じ幅で増えてきたのに、3点目だけ10しか増えない。この不ぞろいが、昔から多くの人を首ひねりさせてきました。

40-40の同点は「デュース」

両者が3点ずつ取って40-40で並ぶと、スコアは「40-40」とは言わずに「デュース」とコールされます。そこから先は2点続けて取らないとゲームが決まりません。1点だけ先に取った側は「アドバンテージ」。ちなみにフランス語圏では、この同点を「égalité(エガリテ=同点)」と呼びます。

数え方は「本物のテニス」からの借り物

いま見る芝や土のコートのテニスは、19世紀に生まれた比較的新しい競技です。点の数え方は、それより何百年も古い屋内の球技「リアル・テニス(本物のテニス)」からそのまま受け継がれました。だから数字の由来を探ると、話は中世のヨーロッパまでさかのぼることになります。

最古の記録は1435年の詩

古い巻物のイラスト

「45が縮んで40になった」という話の手がかりは、15世紀の文学に残っていました。数字の並びそのものは、600年ほど前にはもう使われていたことになります。

シャルル・ドルレアンが書いた「45」

いま確かめられるいちばん古い記録は、1435年にフランスの詩人シャルル・ドルレアンが書いたバラッド(定型詩)です。そこに quarante cinq(カラント・サンク=45)という語が出てきます。40ではなく45と書かれている点が大事なところ。今の40は、この45がもとになったと考えられています。

1522年のラテン語にも「30、45」

およそ90年後の1522年、今度はラテン語の文にも同じ数字が登場しました。意味は「30で勝っている、45で勝っている」。ここでもまだ3点目は45でした。少なくとも16世紀の前半までは、45の呼び方が使われていたと分かります。

1555年にはもう由来が謎だった

「なぜ15なのか」を説明しようとした文章が最初に現れるのは、1555年と1579年の資料です。1555年は、知られている限り最初のテニスの本が書かれた年でもありました。当時の人々にとっても、この数え方はすでに由来の分からない古い習慣だったわけです。王族の詩人が詩に使うほど、貴族の遊びとして根づいていたことにもなります。いまの解説でも、15・30・40の起源は「はっきりしない」とされています。

時計の針で数えたという説は本当?

振り子のついた壁掛け時計のイラスト

いちばんよく知られているのは、時計の文字盤で得点を示したという説です。45が40に縮んだ理由まで説明できるのが強みですが、時代を考えると無理が目立ちます。

針を15分ずつ進め、一周でゲーム

コートに時計の文字盤を置き、1点ごとに針を4分の1周(15分)ずつ進めた、というのが時計説です。15・30・45と進んで60で一周すると、そのゲームは終わり。目で見て分かる得点板として時計を使った、という発想でした。

40に縮めたのは60に収めるため

この説では、45が40に変わった理由も説明されます。テニスは2点差をつけないとゲームが取れません。45で並んだあと優位の1点を示そうとすると、一周の60を超えてしまう。そこで3点目を40に下げ、優位なら50・勝ちで60という具合に目盛りの中へ収めた、という筋書きです。デュースという仕組みも、ここから生まれたと説明されます。

1430年代の時計は「時」しか示せなかった

この説のいちばんの弱点は時代です。最古の記録がある1430年代の時計は、ふつう「何時か」しか示せませんでした。分を指す長い針が当たり前になるのは、振り子を使った仕組みが広まった1690年ごろのこと。15分刻みの文字盤を得点板に使った、とは考えにくいのです。

15分ごとに鐘を打つ大時計はあった

とはいえ、15分という刻みが中世の人に縁遠かったわけでもありません。イングランドのウェルズ大聖堂の時計(1386年)は60分の文字盤を持ち、15分ごとに鐘を鳴らしました。フランスのルーアンの時計(1389年)も15分おきに時を告げています。こうした大時計を知る貴族が、時計に見立てた板で得点を数えた、という可能性までは否定されていません。

有力なのは「60」を一区切りにする数え方

金色に光る硬貨のイラスト

時計説より筋が通るとされるのが、60をひとまとまりとする数え方に由来を求める見方です。そこに当時の賭けとお金の事情が重なってきます。

60で区切る数え方は身近にあった

1時間を60分、円を360度に分けるように、60を区切りにする数え方は古くから多くの社会で使われてきました。60は2・3・4・5・6のどれでも割り切れるので、細かく分けるのに便利です。四つに割れば、ちょうど15ずつになります。

※ 60進法(六十進法)とは、60をひとまとまりの区切りとして数える方法です。時間や角度の数え方に、いまもその名残があります。

賭けのお金と「4×15=60」

中世のテニスは、選手も観客もお金を賭けて楽しむものでした。ヨーロッパでは8世紀から18世紀まで、カール大帝の時代に始まる貨幣の制度(カロリング朝の貨幣制度)が広く使われていました。賭け金の勘定と点の数え方をそろえた結果、4×15=60の形になったのではないか。英語版ウィキペディアの解説は、これを「ありそうな理由」と見ています。

15フィートずつ前に出る説は分が悪い

コートの長さから来たという説もあります。得点するたびにサーブする側が15フィート前に出て、次も15フィート、3点目は10フィートだけ進む。フランス語版の解説も、この説が数え方を生んだ「可能性」に触れています。

ただ、中世やその後の時代にはコートの長さに決まった寸法がありませんでした。英語版の解説はこの点を挙げ、説としては弱いと見ています。15・15・10という進み方が数字にぴったり合いすぎていて、あとから作った説明に見える点も気になるところです。

0点をラブと呼ぶのはなぜ?

白い卵のイラスト

数字と並んで不思議なのが、0点を表す「ラブ(love)」です。卵の形にちなむという話が有名ですが、言葉の辞典ではいま別の説が主流になっています。

「for love=タダで」説がいまの主流

英語の for love には「お金のためでなく、好きだからやる」という意味があります。賭けずに遊ぶこと、つまり得るものが何もないことから、love が「無」を表すようになったという説です。英語の辞典ウィクショナリーは、これをいま「広く信じられている」説明としています。0点の意味での使い方は、テニスでもトランプ遊びでも18世紀までさかのぼれるそうです。

卵(l’oeuf)説は退けられている

よく紹介されるのは、フランス語の l’oeuf(ルフ=卵)が0の形に似ているから、という説です。英語版ウィキペディアのテニス用語集にはいまもこの説が載っていますが、ウィクショナリーは「ほぼ退けられ、もう広くは受け入れられていない」と書いています。辞典によって扱いが分かれる、というのが実情です。

もっとも、卵と0を結びつける発想そのものは英語にもあります。クリケットで0点に終わることを duck(アヒル)と呼ぶのは、0の形をアヒルの卵に見立てた言い方。アメリカの口語では0点を goose egg(ガチョウの卵)とも言います。

オランダ語「lof(名誉)」説などほかの説

ほかには、オランダ語で「名誉のために何かをする」という意味の言い回し(iets voor lof doen)から来たという説もあります。お金でなく名誉のために戦う、つまり賭け金がないという点で、「タダで」説と根っこは同じです。試合の始まりにはまだ互いに「愛(love)」がある、というロマンチックな説まで語られています。

デュースとアドバンテージは「2点差」の言葉

綱引きをする人たちのイラスト

40-40からの呼び名は、数字やラブに比べると素性が分かりやすい言葉です。どちらも「2点差をつけるまで終わらない」というルールと結びついています。

デュースは数の「2」と同じ言葉

英語の deuce は、ラテン語の duo(2)から古いフランス語の deus を経て入った語です。英語の辞書でも、数の「2」を表す deuce と同じ見出しに、テニスのデュースが並んでいます。40-40で並んだら、勝つにはあと2点続けて取る必要がある。その「2」が呼び名に残ったと考えられます。

アドバンテージは取れば勝ち、落とせば振り出し

デュースから1点先に取った状態がアドバンテージ(優位)です。続けてもう1点取れば2点差がついてゲーム成立。逆に相手に取り返されると、また並んでデュースに戻ります。決着がつくまで何度でも繰り返すので、1つのゲームがなかなか終わらないこともあります。

テニスのもとはフランスの「手のひら」の球技

開いた手のひらのイラスト

数え方の説がフランスに集まるのは、テニスそのものがフランス生まれだからです。もとになった球技の名前にも、その姿が残っています。

ジュ・ド・ポームは素手で打っていた

テニスの祖先は、12世紀ごろのフランスで始まったジュ・ド・ポーム(jeu de paume)です。paume はフランス語で「手のひら」。初めは素手でボールを打ち、13世紀の終わりには革の手袋が広まりました。ラケットで打った最初の記録は1505年で、16世紀には手袋がラケットに置き換わっていきます。

「テニス」の名も、フランス語の掛け声から

テニスという名前は、フランス語の tenez(トゥネ)から来たと考えられています。「ほら、受けて」といった意味で、サーブする人が相手に呼びかけた言葉でした。数字の数え方だけでなく、競技の名前までフランス語の名残というわけです。

16世紀のパリにはコートが250面

この球技は貴族の間で大流行しました。1530年にはイングランド王ヘンリー8世がハンプトン・コート宮殿にコートを造らせています。1596年には、パリだけで250面のコートがあったという報告も残っていました。これだけ広く遊ばれていれば、賭けの勘定と点の数え方が結びついたとしても不思議はありません。

1・2・3と数える「タイブレーク」

ラケットでボールを打つ女性テニス選手のイラスト

600年近く続く15・30・40にも、例外の場面があります。セットが6-6で並んだときのタイブレークでは、点を1・2・3と普通に数えるのです。

1965年の実験から始まった

タイブレークを考えたのは、アメリカのジェームズ・ヴァン・アレンです。1965年、ロードアイランド州のニューポート・カジノで、実験として初めて披露しました。デュースが延々と続き、試合が終わらなくなることを防ぐための工夫でした。

1970年の全米オープンで本採用

四大大会で最初に取り入れたのは、1970年の全米オープンです。このときは6-6になったすべてのセットで、9ポイント先取の方式を使いました。今のような7ポイント先取の方式になったのは1975年のこと。古い数え方を残しつつ、決着をつける場面だけ新しい数え方を足したわけです。

時計の文字盤か、賭けの勘定か。由来の答えはいまも出ていませんが、15世紀の詩に残る「45」が、5を落として今のコートに響いています。1点を「15」と数える不思議な決まりは、600年分の謎ごと受け継がれてきたと言えそうです。

参考

関連記事

ボクシングの階級名はなぜ鶏や羽根なのか、バンタムの語源をたどる
バンタム級のバンタム(bantam)は、英語で小型の鶏を指す言葉です。その鶏の名前は、インドネシアのジャワ島にあった港町バンタム(いまのバンテン)から来ています。フェザー級の羽根やフライ級のハエも同じで、軽い階級には「軽くて小さいもの」の名...
A4・B5用紙はなぜあの寸法なのか、半分に折っても形が同じわけ
A4やB5の紙は、縦と横の比がどれも1対√2(約1.414)に決められています。この比の長方形は、長い辺の真ん中で半分に折っても同じ比に戻るのが特徴です。そのうえでA判はいちばん大きいA0を面積1平方メートル、日本のB判はB0を1.5平方メ...