「最初はグー」は、じゃんけんそのものよりずっと若い掛け声です。じゃんけんの原型は19世紀のうちにはできあがっていたとされますが、あの助走の一拍が全国の子どもに行き渡ったのは1980年代前後のこととされています。
出どころとして名前が挙がるのは、土曜夜のテレビ番組です。しかも面白いことに、じゃんけんの掛け声そのものは、かつて全国で百種類以上に枝分かれしていました。ばらばらだった声の列の先頭に、あとから一つだけ共通の合図が足された——それが「最初はグー」の正体です。
じゃんけんの掛け声は、三つの部分でできている

ひと続きに聞こえる掛け声も、役割で切ると三つに分かれます。そして三つは、生まれた時期も地域ごとのばらつき方もそろっていません。まず全体を分解しておきます。
| 部分 | 代表的な言い方 | 役割 | 古さの目安 |
|---|---|---|---|
| 助走 | 最初はグー | 全員の呼吸と手の形をそろえて開始点を作る | 1980年代前後に広まったとされる |
| 合図 | じゃんけんぽん/ほい/ぽい | 手を出す瞬間そのものを決める | 明治期の教科書にすでに登場 |
| 延長 | あいこでしょ/あいこでほい | 引き分けたときの仕切り直し | 成立時期は不明。地域差が大きい |
いちばん若いのが、いちばん前に来る「最初はグー」です。真ん中の「じゃんけんぽん」は明治の教科書に姿が見え、そこから百年以上使われてきました。新参者が列の先頭に立っている、という並びになっています。
「最初はグー」は、テレビのコントから広まったとされる

発案者として名前が挙がるのは、コメディアンの志村けんさんです。広まった時期は1981年前後とみられ、舞台は『8時だョ!全員集合』というTBS系の生放送番組でした。
きっかけは、飲み屋でじゃんけんが合わなかったこと
「合わない」を直すために足された一拍
語られている経緯はこうです。番組の打ち上げで支払う人を決めようとしたものの、酔いも回って誰も呼吸が合わない。そこで志村さんが、まずグーを出して合わせようと呼びかけた——という話が繰り返し紹介されています。
つまり最初から芸として作られた言葉ではなく、現場の不便を消すための思いつきだったことになります。実用から入った点が、その後の普及の速さにつながったのかもしれません。
番組に持ち込まれたのは1981年
この掛け声は、志村さんと仲本工事さんによる「ジャンケン決闘」というコーナーに取り込まれました。開始は1981年(昭和56年)で、翌1982年ごろまで続いたとされます。芸能誌『笑芸人』第1号(1999年)は、このコーナーで「最初はグー、ジャンケンポン!」が合い言葉だったと記しています。
毎週土曜の夜、全国の家庭に同じ言い回しが同時に届く。掛け声としては、これ以上ない広がり方でした。
流行の時期は、当時の記事からも裏づけられる
新聞は「81年に流行」と書いている
国立国会図書館のレファレンス協同データベースには、この掛け声の流行時期を調べた事例が登録されています。そこで挙がる資料の一つが朝日新聞2006年1月14日朝刊で、「81年に流行した」ものとして「最初はグー、ジャンケンポン」を挙げています。
2002年9月25日夕刊の記事では、番組のプロデューサーが広まる発端として『8時だョ!全員集合』を挙げていました。証言と紙面の記述が、同じ年のあたりを指しているわけです。
本人も「子どもの間に広まった」と語っている
2007年6月18日朝刊には、志村さん自身の説明も載ります。80年代に仲本さんとのコントの中で使っていたら、子どもたちの間に広まったようだ、という趣旨の内容です。
『8時だョ!全員集合』は公開生放送で、客席には子どもが大勢いました。舞台の掛け声を客席が一緒に唱える。テレビの前の子どもがそれを真似る。翌週の校庭でそれが使われる——という流れが想像できます。
ただし「志村けんが発明した」と言い切れるかは別
神楽坂のお座敷遊びだったという説
同じデータベースが挙げる『ふしぎな雑学読本』(2007年)は、もともと東京・神楽坂の芸者衆がお座敷遊びで使っていた言葉だと説明しています。ドリフターズが番組で使ったことで子どもの間に爆発的に広まった、という筋立てです。
この説に立つと、志村さんの役割は発明ではなく発見と拡散になります。酒席で拍子を合わせる工夫という点は、飲み屋の逸話ともよく似ています。
断定を避けたほうがよい理由
掛け声のような口頭の言葉は、書き残されないまま使われることがほとんどです。初出を突き止める手がかりが乏しく、「誰が最初に言ったか」は原理的に確かめにくい。分かっているのは、全国に行き渡らせたのがテレビだった、というところまでです。
本記事でも「考案した」と「広めた」を分けて書いています。前者には諸説があり、後者は複数の資料が同じ方向を指しています。
四拍の助走がつくと、じゃんけんは本当にそろう

この掛け声が残ったのは、面白かったからというより、そろわない原因を一つ消したからでしょう。「さい・しょ・は・ぐー」の四拍が、開始点を全員で共有する助走になっています。
「じゃん・けん・ぽん」だけでは合図が短い
助走なしだと、入りの位置が各自の読みになる
三拍しかない合図は、言い出した人のテンポに他の人が慌てて乗る形になります。誰かが早く、誰かが遅れる。二人ならごまかせても、五人・六人と増えるほど破綻しやすくなります。
助走が入ると、合図が始まる前にテンポの共有が終わります。走り幅跳びの踏み切りと同じで、助走の長さが跳ぶ位置を決めているわけです。
出遅れと後出しの区別がつく
タイミングがそろわない場でいちばん揉めるのは、遅れて出した手が後出しと疑われる場面でしょう。合図の位置が共有されていれば、遅れた側にも言い訳が立ちません。
じゃんけんは、審判のいない勝負です。参加者どうしで「今だった」と納得できる合図を作らなければ、揉め事は自力で収められません。単なる前置きではないのです。
手の形をいったん統一してしまう効果
全員がグーの位置から出発する
助走の言葉が「最初はパー」でも拍は取れます。それでもグーが定着した理由は記録に残っていませんが、グーには形のばらつきがない点は指摘できます。パーは指の開き具合で、チョキは立てる指の角度で、人それぞれ違って見えるはずです。
拍と姿勢を同時にそろえる。四文字の中で二つの仕事をしていることになります。
人数が多いほど効き目が大きい
二人のじゃんけんなら助走はなくても困りません。効くのは学級全体で係を決めるときや、大人数で罰ゲームを押しつけ合うときです。番組の客席という大人数の現場で使われたのも、理にかなっていました。
掛け声は、参加人数が増えるほど価値が上がる道具だといえます。
昭和4年の調査では、掛け声は135種類あった

「じゃんけんぽん」は全国共通語ではありません。かつて日本各地の掛け声を集めた調査があり、そこには135種類が並びました。
「全国ヂャンケン称呼集」が集めたもの
『方言と土俗』に載った一覧
その調査は「全国ヂャンケン称呼集(しょうこしゅう)」といい、雑誌『方言と土俗(ほうげんとどぞく)』第一巻第三号(昭和4年=1929年)に掲載されました。ヂャンケン・ヂャンケンホイ・ヂャンケンポー・ヂャンケンボー・ヂャンケンポイといった形が、地域名とともに記録されています。
語尾がわずかに違うだけの変種が、これだけ細かく分かれていたわけです。
補遺に足された変わり種
同じ雑誌の第一巻十号には補遺も出ています。東京都の元八王子村などで採集された「アイショウケン」「ヤンヤンノヤン」といった、「じゃんけん」の面影が薄い言い方も収められました。
東京の中ですらこの多様さです。全国の版図を思うと、135という数もむしろ控えめに見えてきます。
神奈川県ひとつを取ってもこれだけ違う
県の方言辞典に並ぶ言い方
『神奈川県方言辞典』(1965年)には、シッケン・シッケンコイ・シッケンポンなどが地域ごとに載っています。『神奈川県史』(1977年)はシッケンッパイ・チッケッパ・ジッケンホイを、『神奈川県民俗調査報告24』(2007年)はジャンスイなどを拾いました。
| 地域 | 記録された言い方の例 |
|---|---|
| 神奈川県内 | シッケン/シッケンコイ/チッケッパ/ジャンケラレポッポ |
| 北海道 | じゃらけつほい |
| 関西 | いんじゃんほい |
| 東海 | いんちゃんし |
| 静岡 | じすとっぺ |
「ジャンケラレポッポ」という長い一語
方言辞典に載る「ジャンケラレポッポ」は、口に出すと拍がやたらに長い。じゃんけんの掛け声が、リズム遊びの歌に近い性格をもっていたことがうかがえます。
子どもが節をつけて唱えるうちに音が伸び、隣の集落へ伝わるたびに少しずつ形を変える。方言の広がり方そのものです。
そもそも「ぽん」が何なのかは分かっていない
語源をたどれない言葉
「じゃんけん」の語源には両拳(りゃんけん)説・石拳(じゃくけん)説・蛇拳説などがあり、決着していません。末尾の「ぽん」に至っては、これだけ変種があるために何が元の形かも定めにくい状態です。
※ じゃんけんの成立時期については、19世紀末とする見方が有力とされています。日本に古くからあった三すくみの拳遊びへ、東アジア由来の数拳(かずけん)の手の形が加わってできたという筋立てです。明治26年(1893年)には「ジャンケン」の語が確認できます。明治37年(1904年)の『尋常小学読本』には「じゃん、けん、ぽん」の一節が見えます。
百年を超えて残ったのは合図の部分
語源は不明でも、明治の教科書に載った合図が今も現役だという事実は動きません。子どもの遊び言葉としては、相当な長寿だといえるでしょう。
「最初はグー」だけが全国に行き渡った理由

135種類に枝分かれした掛け声の世界に、たった数年で全国区の一句が加わりました。伝わり方の違いと、入り込んだ位置の巧みさが効いています。
口伝えの語と、放送で配られた語
方言は枝分かれしながら広がる
子どもから子どもへ渡る言葉は、隣町に着くころには少し形が変わります。シッケンとジッケンとチッケッパの関係が、その痕跡です。広がるほど姿が割れていく伝わり方だといえます。
135種類という数字は、多様さの証しであると同時に、共通語が生まれにくかったことの裏返しでもあるのです。
放送は同じ型を同時に配る
これに対し全国ネットの生放送は、北海道の子どもと九州の子どもに、まったく同じ音とテンポを同じ夜に届けます。途中で形が変わる余地がありません。
『8時だョ!全員集合』の最高視聴率は50.5%(1973年4月7日・ビデオリサーチ関東地区)で、平均でも27.3%とされます。掛け声の配布装置としては破格の規模でした。
既存の掛け声を追い出さなかった
置き換えではなく、前に足すだけの位置
もしこれが「じゃんけんぽん」の言い換えだったら、地元の言い方と正面からぶつかっていたはずです。ところが「最初はグー」は合図の前に置かれる助走で、既存の部分をどけずに済みます。
争わずに空き地へ入る。言葉が広がるときの、うまいやり方の一例です。
「いんじゃんほい」の前にも付けられる
関西で「最初はグー、いんじゃんほい」と続けても不都合はありません。助走の四拍は、後ろにどの合図が来ても機能します。
方言を捨てさせないまま全国に入り込めた点が、この掛け声の強さでしょう。
豆知識:いちばん出やすい手はグー

助走でグーを握る話のついでに、本番で出る手の偏りにも触れておきます。人はグー・チョキ・パーを三等分では出しません。
11,567回分の記録が示す偏り
グー35.0%、パー33.3%、チョキ31.7%
数学者の芳沢光雄さんが学生725人に協力してもらい、のべ11,567回のじゃんけんを記録した調査があります。結果はグーが4,054回で35.0%、パーが3,849回で33.3%、チョキが3,664回で31.7%でした(日本経済新聞2009年6月20日の別刷り紙面で紹介)。
差はわずか3ポイントほどですが、回数が多いだけに無視しにくい傾きです。
読みとしては「パーが得」になる
いちばん出やすいグーに勝ち、いちばん出にくいチョキに負ける手はパーです。初対面の一回勝負なら、パーがわずかに分のよい選択ということになります。
もっとも、相手がこの話を知っていれば前提は崩れます。読み合いは一段深いところへ移るだけです。
助走のグーが手を左右するかは分からない
直前に握ることの影響は未検証
「最初はグー」でいったん握った直後だからグーが出やすいのでは、と考えたくなります。ただし、この調査は掛け声の有無で結果を分けたものではありません。因果を結びつけるのは早計です。
グーが多い理由としては、力の入った手が出やすいという説明もよく挙げられます。どちらにせよ確定した話ではないと押さえておくのが安全でしょう。
勝敗より、そろうことのほうが本題
助走の四拍が果たしているのは、勝率をいじる仕事ではなく、全員の呼吸を合わせる仕事です。公平な一斉スタートを用意するという意味では、むしろ勝負の外側の装置だといえます。
そろっていないじゃんけんほど、後味の悪いものはありませんから。
じゃんけんという遊びは、百年をゆうに超えて子どもの手から手へ渡ってきました。その列の先頭にだけ、四十年ほど前にテレビから配られた一拍が乗っています。ひと息で唱えているあの短い掛け声には、明治の教室と昭和の土曜夜と、地元の言い方の名残が層になって重なっているわけです。
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