喉仏(のどぼとけ)が「仏」と呼ばれるのは、のどの軟骨の出っ張りを座禅を組む仏の姿に見立てたから、と説明されています。ややこしいのは、火葬のあとに拾う「喉仏」が別の骨であること。こちらは首の骨の上から2番目にある第二頸椎(だいにけいつい)で、のどの軟骨は火葬で残りません。
喉仏の正体は甲状軟骨の出っ張り

2枚の板が前で合わさる角
喉仏は、声を出す器官である喉頭(こうとう)を囲む軟骨のうち、いちばん大きな甲状軟骨(こうじょうなんこつ)の出っ張りです。形は平らな板を2枚、本を半開きにしたように前で合わせた姿。その合わせ目の上の端がいちばん前に突き出し、医学ではここを喉頭隆起(こうとうりゅうき)と呼んでいます。
骨ではなく弾力のある軟骨なので、指で押すとわずかにしなります。首の前の真ん中をなぞったときに触れる硬い角が、まさにこの合わせ目です。
「甲状」は盾の形という意味
「甲状」は、よろいや盾のような形を表す言葉です。英語で甲状軟骨はthyroid cartilageと言い、thyroidの元はギリシャ語で「盾の形をした」を意味する語でした。左右の板が前に張り出した姿を、古代の人は兵士が構える盾に見立てたわけです。漢字の「甲状」も、その意味をくんで当てられた訳語にあたります。
奥にある声帯を前から囲う壁
喉仏の奥には、声を出すための声帯(せいたい)が左右1対あります。そのすき間は声門(せいもん)と呼ばれ、息を吐くときに声門を狭めて声帯を震わせた音が私たちの声です。首の前は骨に守られていない場所。硬い軟骨の壁が一枚あることで、声帯と喉頭の中が前から囲われています。
甲状腺は喉仏のすぐ下にある臓器
名前の似た甲状腺(こうじょうせん)は、軟骨ではなくホルモンを出す臓器です。場所は喉仏の少し下で、気管の前に蝶が羽を広げたような形で張りついています。同じ「甲状」が付くのは、盾の形の軟骨のそばにあるから。首の前で甲状腺の位置を探すときにも、喉仏はいちばん分かりやすい目印になります。
喉仏はなぜ「仏」と呼ぶの?

座禅を組む仏の姿に見立てた説
もっともよく知られているのは、軟骨の形が座って瞑想する仏に見えるという説明です。日本心臓財団の刊行物「はあと文庫」で、この形に触れているのが川田志明氏(慶應義塾大学名誉教授)です。軟骨の部分だけを取り出すと座禅したお坊さんや仏の結跏趺坐(けっかふざ)の姿に見えないこともない、と川田氏は書いています。
結跏趺坐は、両足を反対側の腿にのせて組む座り方のこと。首の前のわずかな出っ張りに、手を組んで座る小さな仏を見た人がいたことになります。
「仏の宿る喉仏」という受け止め方
同じ文章は、仏教では「仏の宿る喉仏」がきれいに焼き上がることを善い行いの現れとみなす、という言い伝えも紹介しています。ここで言う喉仏は、火葬で残る首の骨のほう。形の見立てに信仰の気持ちが重なり、のどにも骨にも同じ名前が残ったと考えると筋が通ります。
「喉仏」という言葉はいつからある?

1811年の講義録に「俗にのど仏」
精選版 日本国語大辞典は、喉仏の用例として『志都の岩屋講本(しずのいわやこうほん)』(1811年)を挙げています。国学者の平田篤胤(ひらたあつたね)が行った医学の講義を、門人がまとめた本です。そこには「結喉と云ふ物で、俗にのど仏とか云って」という一節があります。
正式な呼び名は「結喉」だった
この一節から分かるのは、江戸時代の後期には学問の言葉が「結喉」で、喉仏は世間の呼び名だったということです。デジタル大辞泉は別名として「のどぼね」も挙げています。中国語では今も「喉结(ホウジエ)」と書き、のどの結び目にたとえます。学者が「俗に」と断るほど、喉仏という言い方は人々の口になじんでいたのでしょう。
辞典は名づけの理由を書いていない
精選版 日本国語大辞典もデジタル大辞泉も、喉仏の意味を「甲状軟骨の突出した所」と説明するだけです。仏に似ているからという理由は、辞典の本文には出てきません。座禅の姿の説明は広く知られていますが、いつ誰が名づけたかを示す記録までは残っていないのです。
お骨上げで拾う「喉仏」はどこの骨?

首の骨の上から2番目、第二頸椎
火葬のあとに拾う喉仏は、首の骨の上から2番目にある第二頸椎です。別名を軸椎(じくつい)と言い、のどの出っ張りとは場所も材質も違う、首の後ろ寄りの骨にあたります。輪のような形で、上に向かって歯突起(しとっき)という突起が伸びています。
この突起が頭や胴に、左右に張り出した部分が組んだ手足に見える、というのが一般的な説明。はあと文庫の川田氏も、焼け残った軸椎を座禅しているお坊さんにそっくりだったと書いています。
首を回す軸になる骨
軸椎という名前のとおり、この骨の突起を軸にして、すぐ上の第一頸椎が回ります。首を左右に振る動きは、主にこの組み合わせが担う仕事です。頭の重さを受け止めながら回る部分なので、つくりがしっかりしていて火葬でも形が残りやすい骨と言えます。
のどの軟骨は火葬で残らない
お骨上げの喉仏が首の骨なのは、のどの喉仏が燃えてしまうからです。甲状軟骨は軟骨なので、火葬の熱に耐えられません。生きている間に指で触れられる喉仏は、お骨上げの台の上にはもう無いのです。
女性のお骨にも喉仏がある
のどの喉仏は男性で目立ちますが、第二頸椎は性別に関係なく誰にでもあります。だから女性のお骨上げでも、ちゃんと「喉仏」が拾われるのです。二つの喉仏を並べると、名前のほかに共通点がほとんど無いことが分かります。
| 項目 | のどの喉仏 | お骨上げの喉仏 |
|---|---|---|
| 正体 | 甲状軟骨の喉頭隆起 | 第二頸椎(軸椎) |
| 場所 | 首の前の真ん中 | 首の骨の上から2番目 |
| 材質 | 軟骨 | 骨 |
| 男女差 | 男性で目立つ | 男女とも同じようにある |
| 火葬後 | 残らない | 形が残りやすい |
喉仏はお骨上げの最後に拾う骨

箸で最後に拾うことが多い骨
仏式の火葬では、喉仏はお骨上げで箸で拾う最後の骨として扱われることが多いとされています。ほかの骨を拾い終えたあと、しめくくりに喉仏を骨壺へ納める流れです。座禅の姿に見える骨を最後に置くことで、骨壺の中に小さな仏がおさまる形になります。
拾う順番や人数は地域や火葬場で少しずつ違います。迷ったときは、その場の係員の案内に従えば失礼にはなりません。
東日本は全収骨、西日本は部分収骨
骨をどこまで納めるかにも地域差があります。高知市斎場の案内では、できるだけ多くの骨を納める「全収骨」は東日本に多い方法です。主な骨や形のきれいな骨を選んで納める「部分収骨」は、関西など西日本で多く見られます。
全収骨にはおおむね6〜7寸の大きな骨壺が要るため、東西で骨壺の大きさまで変わってきます。どちらの方法でも、喉仏が選ばれて納められる点は同じです。
男性の喉仏だけ目立つのはなぜ?

板の合わさる角度が男性のほうが鋭い
喉仏の出っ張り具合を決めるのは、軟骨の大きさだけではありません。2枚の板を合わせる角度も大きく関わっています。米国の研究チームが2023年に『Scientific Reports』に発表したCT画像の分析でも、男性の甲状軟骨は女性より鋭い角度で合わさっていました。
本を開く角度にたとえると分かりやすくなります。開きの狭い本は背表紙が前にとがり、大きく開いた本は背表紙がなだらか。同じ位置にあっても、角度の鋭い男性の軟骨のほうが首の皮膚を押し上げやすいのです。
年齢でも角度は少しずつ変わる
同じ研究では、大人になってからも角度が動くことが分かりました。男性は年齢とともに左右の板の角度が小さくなり、女性は逆に大きくなっていきます。体格の影響もあり、BMIの高い女性ほど角度が小さい傾向でした。喉仏の目立ち方は、思春期で決まりきるものではないようです。
思春期の男性ホルモンで喉頭が育つ
子どものうちは、男の子にも目立つ喉仏はありません。差が開くのは第二次性徴の時期です。米国の子ども向け健康情報サイトKidsHealthによると、男の子の喉頭は男性ホルモンのテストステロンの働きで女の子よりずっと大きく厚く育ちます。喉頭が育つと向きも傾き、首の前にこぶが見えてくるのです。
声変わりは男の子で13〜15歳ごろ
相模原協同病院の病児保育室の便りでは、声変わりの時期を男の子13〜15歳くらい、女の子11〜13歳くらいとしています。のどの骨格が大きく前に出ると周りの筋肉が引っ張られ、声帯が長く厚くなる仕組みです。男の子は声変わりを終えると、始まる前より1オクターブほど声が低くなります。
喉仏の出っ張りと低い声は、同じ成長から生まれた兄弟のような関係。のどが前にせり出す時期に、声も大人のものへ変わっていきます。
女性にも喉仏はある
喉頭隆起そのものは、性別に関係なく誰にでもあります。女性では出っ張りが軟骨の高い位置にあり、喉頭も小さめなので目立ちにくいだけです。同じ病院の便りも、女の子にも声変わりは起こるものの、のどの見た目はほとんど変わらないと説明しています。
KidsHealthは、喉仏が見えない大人の男性もいれば見える女性もいる、と書き添えています。目立つかどうかは男女の二択ではなく、一人ひとりの幅の中にあるのです。
英語で「アダムのりんご」と呼ぶのはなぜ?

禁断の実がのどにつかえた言い伝え
英語のAdam’s appleは、最初の人間アダムが禁断の果実を食べたとき、その一片がのどにつかえたという言い伝えから来ています。罰として神がのどに実のかけらを残した、という語り方もあるほどです。男性ののどにだけ目立つこぶを、アダムの罪のしるしと見たわけです。
創世記には「りんご」と書かれていない
アダムとイブがエデンの園で禁じられた木の実を食べる話は、旧約聖書の創世記にあります。ただし出てくるのは「木の実」で、種類は書かれていません。りんごになった理由の一つとして、ラテン語で「悪」を意味するmalumと「りんご」を意味するmalumの音が近い、という説明が知られています。
のどにつかえた話も聖書の外で生まれた
実の一片がのどに残ったという筋書きも、聖書には書かれていません。主なユダヤ教やキリスト教、イスラム教の文献にも見当たらない話です。英語ではデンマークの解剖学者トマス・バルトリンの著作の英訳(1662年)に、この言い伝えがすでに紹介されていました。
「アダムのりんご」は国によって果物が変わる

1600年ごろの医学書に出るpomum Adami
この呼び名は、まずラテン語でヨーロッパの医学書に広まりました。英語のAdam’s appleは、ラテン語pomum Adami(アダムのりんご)をそのまま訳した言葉です。のどの意味での使用は1600年ごろから記録があり、医学の言葉として各国へ伝わっていきました。
16世紀には柑橘の名前だった
のどの名前になる前、Adam’s appleは植物の名前でした。英語では1560年から記録があり、1597年に出たジョン・ジェラードの植物誌は、シトロンという柑橘を「アダムのりんご」と英語で呼べると書いています。楽園でアダムが食べた実だと人々が考えたから、という説明付きです。
ヘブライ語の読み違い説
翻訳の取り違えから生まれたという説もあります。言語学者のアレクサンダー・ゴードは1968年、pomum Adamiはヘブライ語で「男のこぶ」を意味する言い回しの誤訳ではないかと唱えました。ヘブライ語のadamは「人・男」の意味も持つ語です。決め手のある説ではありませんが、のどのこぶを指す言葉としては筋の通る読みと言えます。
りんご・クルミ・結び目、そして仏
ヨーロッパの多くの言語は「アダムの果実」の形を受け継いでいます。ただし果物の種類は言語によって違い、スペイン語ではクルミ。
| 言語 | 呼び名 | 文字どおりの意味 |
|---|---|---|
| 英語 | Adam’s apple | アダムのりんご |
| フランス語 | pomme d’Adam | アダムのりんご |
| ドイツ語 | Adamsapfel | アダムのりんご |
| イタリア語 | pomo d’Adamo | アダムのりんご |
| スペイン語 | nuez de Adán | アダムのクルミ |
| 中国語 | 喉结 | のどの結び目 |
| 日本語 | 喉仏 | のどの仏 |
同じ出っ張りを見ても、何にたとえるかには文化の色がにじみます。西洋は罪の物語を、東洋は結び目や仏を、のどに見たのです。
飲み込むと喉仏が上下するのはなぜ?

喉頭を持ち上げて気管にふたをする
つばを飲み込むと喉仏がぐっと上がるのは、喉頭を持ち上げて気管の入り口にふたをするためです。日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会の解説は、飲み込むときに「いわゆる『のどぼとけ』である喉頭」が上がると書いています。喉頭が上がると、ふたにあたる喉頭蓋(こうとうがい)が入り口をふさぐ仕組み。食べ物はふたの上をすべり、後ろの食道へ送られます。
声帯のすき間も同時に閉じる
同じ瞬間、声帯のすき間である声門も閉じられます。ふたと声帯の二重の守りで、飲み込む一瞬だけ空気の通り道がいったん閉じるわけです。食べながら話すとむせやすいのは、この切り替えがうまく間に合わないことがあるため。喉仏の上下は、食べ物の道と空気の道を振り分ける合図でもあります。
喉頭は40代以降に下がりやすい
喉仏の高さは一生同じではありません。日本気管食道科学会会報の研究(2019年)は、男性258人と女性268人の喉頭の位置を年代別に比べました。男性は40代と50代の間で、女性は40代と60代の間で喉頭がはっきり低くなっています。研究は、喉頭の低下が年齢とともに進み、とくに40代以降で速まると結論づけました。
下がるとむせやすくなる
ふたを閉じるために喉頭が上がるべき高さは、年を取っても変わりません。スタート位置が下がった分だけ高く持ち上げる必要があり、高齢者は誤嚥(ごえん)しやすくなる、と日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会は説明しています。むせることが増えてきたら、耳鼻咽喉科で相談してみるのも一つの手です。
※ 誤嚥とは、食べ物や飲み物、だ液が食道でなく気管のほうへ入ってしまうことです。
鏡の前でつばを飲み込むと、首の前の出っ張りが一度上がって、すっと戻ります。動いているのは、盾の形をした軟骨の喉仏です。
その少し奥、首の骨の2番目には、座禅を組んだ姿のもう一つの喉仏が静かにおさまっています。生きている間に指で触れられるのは前の喉仏で、最後に家族の手で骨壺へ納められるのは後ろの喉仏。同じ名前の二つの仏が、一人の首の中に前後で並んでいるのです。
参考
- 日本心臓財団 はあと文庫「喉仏は心臓よりも大事か」
- コトバンク「喉仏」(精選版 日本国語大辞典・デジタル大辞泉ほか)
- 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会「嚥下障害-意外と知らない」
- 日本気管食道科学会会報 70巻3号「加齢に伴う喉頭の位置変化の検討」(2019年)
- Scientific Reports「Post-pubertal developmental trajectories of laryngeal shape and size in humans」(2023年)
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