喉仏(のどぼとけ)が「仏」と呼ばれるのは、のどの軟骨の形を、座禅を組んで座る仏様の姿に見立てたからだと説明されています。首の前の出っ張りは甲状軟骨(こうじょうなんこつ)という軟骨の一部で、医学では喉頭隆起(こうとうりゅうき)と呼びます。
ややこしいことに、火葬のあとのお骨上げで拾う「喉仏」はこの軟骨ではありません。軟骨は火葬で残らず、骨壺に最後に納めるのは首の骨の上から2番目の第二頸椎(だいにけいつい)です。男性の喉仏だけが目立つ理由は軟骨の左右の板が合わさる角度にあり、男性は約90度、女性は約120度とされています。
喉仏の正体はのどのどこにある?

喉仏は、声を出す器官である喉頭(こうとう)を囲む軟骨のうち、いちばん大きな甲状軟骨の出っ張りです。首の前の真ん中を指でなぞると、硬い角のように触れます。
甲状軟骨という盾の形の軟骨
甲状軟骨は、骨ではなく弾力のある軟骨でできています。形は平らな板を2枚、本を半開きにしたように前で合わせた姿です。
2枚の板の合わせ目が前に突き出す
左右の板は首の前の正中線で合わさり、その合わせ目の上の端がいちばん前に出ます。ここが喉頭隆起、つまり喉仏です。板の後ろ側は開いていて、その内側に空気の通り道が確保されています。
「甲状」は盾の形という意味
「甲状」は、よろいや盾のような形を表す言葉です。英語の語源辞典Etymonlineによると、ローマ帝国時代の医師ガレノスはこの軟骨を、ギリシャ語で「盾の形をした」を意味するthyreoeidesと呼びました。これが英語のthyroid(甲状)につながっています。
喉仏の内側で守られている声帯
喉仏の奥には、声を出すための声帯(せいたい)があります。喉仏は、この大切なひだを前から囲う壁でもあるのです。
声帯は喉頭の中で左右に張られたひだ
声帯は喉頭の中に左右1対あり、そのすき間を声門(せいもん)と呼びます。息を吐くときに声門を狭めて声帯を震わせた音が、私たちの声の正体です。
喉仏は声帯の前に立つ盾
喉頭隆起の働きとして、英語版ウィキペディアは喉頭の壁と声帯を守ることを挙げています。首の前は骨に守られていない場所なので、硬い軟骨の壁が一枚あることには意味がありそうです。
喉仏の少し下にある甲状腺
名前の似た甲状腺(こうじょうせん)は、喉仏のすぐ下の首の前にある臓器です。蝶が羽を広げたような形で、気管の前にあります。
甲状腺は軟骨ではなくホルモンの工場
甲状腺は、体の代謝を調節する甲状腺ホルモンを出す内分泌の臓器です。喉仏と同じ「甲状」を名前に持ちますが、軟骨とはまったく別の組織にあたります。
喉仏を目印に場所がわかる
岐阜赤十字病院の解説も、甲状腺の位置を甲状軟骨と輪状軟骨の下と説明し、男性では甲状軟骨の上部が「のどぼとけ」として見えると添えています。首の前で位置の目印になるほど、喉仏はわかりやすい出っ張りなのです。
喉仏はなぜ「仏」と呼ぶの?

もっともよく知られているのは、軟骨の形が座って瞑想する仏様に見えるという説明です。ただし辞典には用例はあっても、いつ誰が名づけたのかは書かれていません。
座禅を組む仏の姿に見立てた説
日本心臓財団の刊行物「はあと文庫」で、川田志明氏(慶應義塾大学名誉教授)がこの形に触れています。
軟骨だけを取り出すと座った姿に見える
軟骨の部分だけを取り出すと座禅したお坊さんやお釈迦様の結跏趺坐(けっかふざ)の姿に見えないこともない、と川田氏は書いています。結跏趺坐は、両足を反対側の腿にのせて組む座り方のことです。
体に仏が宿るという受け止め方
同じ文章では、西洋が「アダムのリンゴ」と呼ぶのに対し、東洋では仏が宿る場所として「喉仏」と呼んだと対比しています。形の見立てに、信仰の気持ちが重なった名前だと受け取れます。
江戸時代の書物に残る「喉仏」
言葉としての喉仏は、少なくとも江戸時代の後期には使われていました。
1811年の平田篤胤の講義録に用例
精選版 日本国語大辞典は、喉仏の用例として『志都の岩屋講本(しずのいわやこうほん)』(1811年)を挙げています。国学者の平田篤胤(ひらたあつたね)が文化8年ごろに行った医学の講義を、門人がまとめた本です。
「のどぼね」「結喉」という別の呼び名
語源由来辞典によると、喉仏は古くは「喉骨(のどぼね)」や「結喉(けっこう)」とも呼ばれていました。中国語では今も「喉结(ホウジエ)」と書き、結び目にたとえています。仏にたとえる呼び方は、日本の言葉らしい特徴と言えそうです。
由来が一つに決めきれない理由
「仏に似ているから」という説明は広く共有されていますが、決め手になる記録は見当たりません。
辞典は意味と用例までで由来に触れない
精選版 日本国語大辞典もデジタル大辞泉も、喉仏の意味は「甲状軟骨の突出した所」と説明するだけです。仏に似ているという理由は、辞典の本文には書かれていません。
火葬の「喉仏」と名前を分け合っている
もう一つの事情は、同じ名前で呼ばれる骨が別にあることです。どちらの呼び方が先に生まれたのかを示す資料は乏しく、終活情報サイトの解説でも名前が定着した時期の記録は限られるとされています。
お骨上げで拾う「喉仏」はどこの骨?

火葬のあとに拾う喉仏は、首の骨の上から2番目にある第二頸椎で、別名を軸椎(じくつい)と言います。のどの出っ張りとは場所も材質も違う、首の後ろ寄りの骨です。
第二頸椎が座禅の姿に見える
火葬場を運営する東京博善のメディアや仏具店の大野屋は、この骨の形を仏様が座禅を組んだ姿にたとえています。
輪の形に丸い突起と平らな突起
第二頸椎は輪のような形をしていて、上に向かって歯突起(しとっき)という突起が伸びています。この突起が頭や胴に、左右に張り出した部分が組んだ手足に見える、というのが一般的な説明です。
首を回す軸になる骨
軸椎という名前のとおり、この骨の突起を軸にして、すぐ上の第一頸椎が回ります。首を左右に振る動きは、主にこの組み合わせが担っています。
のどの喉仏は火葬で残らない
お骨上げで拾う喉仏が首の骨なのは、のどの喉仏が燃えてしまうからです。
軟骨は焼けてなくなる
甲状軟骨は軟骨なので、火葬の熱に耐えられません。一方の第二頸椎は骨なので形が残りやすく、東京博善は骨密度が高い人ほどきれいに残りやすいと説明しています。
女性のお骨にも喉仏がある
のどの喉仏は男性で目立ちますが、第二頸椎は性別に関係なく誰にでもあります。だから女性のお骨上げでも、ちゃんと「喉仏」が拾われるのです。
名前は同じでも、二つの喉仏は正体から火葬後の姿までまるで別物。
| 項目 | のどの喉仏 | お骨上げの喉仏 |
|---|---|---|
| 正体 | 甲状軟骨の喉頭隆起 | 第二頸椎(軸椎) |
| 場所 | 首の前の真ん中 | 首の骨の上から2番目 |
| 材質 | 軟骨 | 骨 |
| 男女差 | 男性で目立つ | 男女とも同じようにある |
| 火葬後 | 残らない | 形が残りやすい |
最後に骨壺へ納める骨
喉仏は、お骨上げの締めくくりに納める特別な骨です。
足から頭へ拾い、最後に喉仏
大野屋の解説によると、お骨上げは2人1組で行い、足の骨から頭の骨へと順に拾っていきます。最後に喪主や遺族が喉仏を骨壺に納めるのが、一般的な流れです。骨壺の中で喉仏が置かれるのは、いちばん上。
喉仏だけを本山へ納める分骨
浄土真宗では、喉仏を分骨して京都の東本願寺や西本願寺に納める「本山納骨」が行われることがあります。分骨を考えているなら、事前に火葬場へ伝えて小さな骨壺を用意しておくことが大切です。
東日本と西日本で違う拾い方
お骨上げの作法には地域差があり、東日本ではすべての骨を納める「全収骨」、西日本では主な骨だけを納める「部分収骨」が一般的です。そのため骨壺の大きさも、西日本のほうが小さめになります。どちらの地域でも、喉仏を大切に扱う点は変わりません。
男性の喉仏だけ目立つのはなぜ?

喉仏が男性で目立つのは、甲状軟骨の左右の板が合わさる角度が鋭いからです。その角度の差は、思春期に男性ホルモンの働きで喉頭が大きく育つことで生まれます。
板が合わさる角度が男女で違う
喉仏の出っ張り具合を決めているのは、軟骨の大きさだけではありません。2枚の板を合わせる角度も、大きく関わっているのです。
成人男性は約90度、女性は約120度
医学誌『耳鼻咽喉科展望』(2016年)の画像診断の解説は、甲状軟骨の左右の板がなす角度を成人男性で90度、女性で120度としています。
角度が鋭いほど前にとがる
本を開く角度にたとえると、イメージしやすいでしょう。直角に近い男性の軟骨は背表紙が前にとがり、120度に開いた女性の軟骨は背表紙がなだらかです。同じ位置にあっても、男性のほうが首の皮膚を押し上げやすくなります。
思春期の男性ホルモンで喉頭が育つ
子どものうちは、男の子にも目立つ喉仏はありません。差が開くのは第二次性徴の時期です。
12〜15歳ごろに軟骨が大きくなる
佐久総合病院の小児科の解説によると、声変わりは12〜15歳ごろに起こり、思春期に喉頭の軟骨が大きくなります。江上耳鼻咽喉科の解説によれば、軟骨の発達を促すのは男性ホルモンのテストステロンです。
声帯の長さは子ども約0.9cm、成人男性約2cm
軟骨が育つと、中の声帯も長く厚くなります。同じ解説では、声帯の長さを子ども0.9cm・成人男性2cm・成人女性1.5cmくらいとしています。喉仏の出っ張りと低い声は、同じ成長から生まれた兄弟のような関係です。
女性にも喉仏はある
喉頭隆起そのものは、性別に関係なく誰にでもあります。女性の喉仏は、あっても目立ちにくいだけです。
位置が高く喉頭も小さめ
女性では出っ張りが甲状軟骨の高い位置にあり、喉頭も小さいままなので見えにくい、と英語版ウィキペディアは説明しています。女性も思春期に声帯は伸びますが、佐久総合病院の解説のとおり、変化は男性より穏やかです。
はっきり見える女性も少なくない
同じ項目には、程度の差はあっても喉仏がはっきり見える女性は多い、とも書かれています。目立つかどうかは男女の二択ではなく、一人ひとりの幅の中にあるわけです。
英語で「アダムのりんご」と呼ぶのはなぜ?

英語のAdam’s appleは、最初の人間アダムが禁断の果実を食べたとき、その一片がのどにつかえたという言い伝えから来ています。ただしこの話は、聖書そのものには書かれていません。
禁断の実がのどにつかえた言い伝え
アダムとイブがエデンの園で禁じられた木の実を食べる話は、旧約聖書の創世記にあります。喉仏の名前は、この物語に後から結びつけられたものです。
創世記には「りんご」と書かれていない
創世記に出てくるのは「禁じられた木の実」で、種類は書かれていません。フランス語版ウィクショナリーは、りんごが選ばれた理由の一つとして、ラテン語で「悪」を意味するmalumと「りんご」を意味するmalumの音が近いことを挙げています。
のどにつかえた話も聖書の外で生まれた
実の一片がアダムののどに残ったという説明は聖書にも他の宗教書にも見られない、と英語版ウィキペディアは指摘しています。この言い伝えは、1662年の英語の翻訳書ですでに紹介されていたのです。
ラテン語の医学書から英語へ
この呼び名は、まずラテン語でヨーロッパの医学書に広まりました。
1600年ごろからのpomum Adami
英語版ウィキペディアは、ラテン語のpomum Adami(アダムのりんご)が1600年ごろからヨーロッパの医学書に現れると説明しています。Etymonlineは、英語のAdam’s appleの初出を1731年とし、18世紀の初めに広まったとしています。
15世紀の「アダムのりんご」は果物だった
Etymonlineによると、15世紀の英語ではAdam’s appleが東洋や地中海の柑橘類を指していました。皮にかじった跡のようなくぼみがあることから、アダムの物語に結びつけられた果物です。のどの呼び名になったのは、その後のことでした。
ヘブライ語の読み違い説
もう一つ、翻訳の取り違えから生まれたという説も知られています。
「男のこぶ」がアダムのりんごになった?
言語学者のアレクサンダー・ゴードは1968年、pomum Adamiがヘブライ語tappuach ha-adamの誤訳ではないかと唱えました。ヘブライ語でadamは「人・男」、tappuachは「りんご」ですが、似た語に「ふくらんだ」の意味があります。本来は「男のふくらみ」を指したのではないか、という読みです。
決め手はなく、ひとつの説にとどまる
Etymonlineもこの説を「不正確な翻訳かもしれない」と慎重に紹介するにとどめています。のどの出っ張りを見て「実が引っかかっている」と感じた素朴な連想のほうが、話としては伝わりやすかったのでしょう。
国によって違う喉仏の呼び名
ヨーロッパの多くの言語は「アダムの果実」の形を受け継いでいますが、果物の種類が違う言語もあります。
| 言語 | 呼び名 | 文字どおりの意味 |
|---|---|---|
| 英語 | Adam’s apple | アダムのりんご |
| フランス語 | pomme d’Adam | アダムのりんご |
| ドイツ語 | Adamsapfel | アダムのりんご |
| スペイン語 | nuez de Adán | アダムのクルミ |
| 中国語 | 喉结 | のどの結び目 |
| 日本語 | 喉仏 | のどの仏様 |
りんご・クルミ・結び目、そして仏様。同じ出っ張りを見ても、何にたとえるかには文化の色がにじみます。
飲み込むと喉仏が上下するのはなぜ?

つばを飲み込むと喉仏がぐっと上がるのは、喉頭を持ち上げて気管の入り口にふたをするためです。食べ物が肺のほうへ入らないよう、一瞬で行われる安全装置です。
喉頭を持ち上げて気管にふたをする
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会の解説は、飲み込むときに「いわゆる『のどぼとけ』である喉頭」が上がると書いています。
喉頭蓋が入り口をふさぐ
喉頭が上がると、喉頭のふたにあたる喉頭蓋(こうとうがい)が入り口をふさぎます。食べ物はふたの上をすべって、後ろの食道へ。
声帯のすき間も閉じる
同じ瞬間、声帯のすき間である声門も閉じる仕組みです。ふたと声帯の二重の守りで、飲み込む一瞬は空気の通り道がいったん閉じられます。
年齢とともに喉仏の位置は下がる
喉仏の高さは一生同じではありません。加齢とともに少しずつ下がっていきます。
40代以降に下がり方が速くなる
日本気管食道科学会会報の研究(2019年)は、男性258人と女性268人の喉頭の位置を年代別に比べました。男性は40代と50代の間で、女性は40代と60代の間で喉頭が有意に低くなり、低下は40代以降に急速に進むと結論づけています。
下がるとむせやすくなる
ふたを閉じるために喉頭が上がるべき高さは、年を取っても変わりません。日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会は、スタート位置が下がった分だけ高く持ち上げる必要があり、高齢者は誤嚥(ごえん)しやすくなると説明しています。
※ 誤嚥とは、食べ物や飲み物、だ液が食道でなく気管のほうへ入ってしまうことです。
鏡の前でつばを飲み込むと、首の前の出っ張りが一度上がって、すっと戻ります。そのとき動いているのが、盾の形をした軟骨の喉仏です。
その少し奥、首の骨の2番目には、座禅を組んだ姿のもう一つの喉仏が静かにおさまっています。生きている間に指で触れられるのは前の喉仏で、最後に家族の手で骨壺へ納められるのは後ろの喉仏です。
参考
- 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会「嚥下障害-意外と知らない」
- 日本気管食道科学会会報 70巻3号「加齢に伴う喉頭の位置変化の検討」(2019年)
- 日本心臓財団 はあと文庫「喉仏は心臓よりも大事か」
- Etymonline「Adam’s apple」
関連記事







