カモノハシは卵を産みますが、れっきとした哺乳類です。哺乳類かどうかを決めるのは産み方ではなく、子を乳で育てることと体に毛が生えていること。卵を産むのは、哺乳類がまだ爬虫類に近かった時代の性質をいまも手放していないからだと考えられています。
もう一つの顔が毒です。成熟したオスの後ろ足のかかとには長さ1.5センチほどの蹴爪(けづめ)があり、太ももの毒腺とつながっています。毒が強まるのは繁殖期だけ。獲物をとるためではなく、メスをめぐるオス同士の争いに使う武器とみられています。
卵を産むのに、なぜ哺乳類に入るの?

哺乳類を決めるのは乳と毛
「哺乳」という字のとおり、このグループの目印は乳で子を育てることです。お腹の中で子を育てて産むかどうかは、じつは条件に入っていません。カモノハシはこの目印をきちんと備えています。
生まれた子は3〜4か月ほど乳を飲む
卵からかえった子は、母親の乳だけで育ちます。オーストラリア博物館の解説では、授乳の期間は3〜4か月。巣穴から出て自分で餌をとり始めるまで、栄養のほぼすべてを乳に頼ります。
全身の毛と体温32℃
体は密な毛に覆われ、冷たい川に潜っても体温を保ちます。ただしその体温は32℃前後と、ヒトの37℃よりかなり低めです。鳥や爬虫類と違って体に羽やうろこはなく、毛皮で寒さをしのぐのは哺乳類ならではの作りといえます。
卵を産むのは祖先の名残
哺乳類の祖先は、爬虫類と同じように卵を産んでいたと考えられています。ほとんどの哺乳類は途中で胎生へ切り替えました。カモノハシの仲間は、切り替える前の姿をいまに伝える数少ない生き残りです。
単孔類は世界に5種だけ
卵を産む哺乳類は「単孔類(たんこうるい)」と呼ばれます。現生はカモノハシ1種と、ハリモグラの仲間4種の計5種。すべてオーストラリアとニューギニアにしかいません。
※ 単孔類とは、尿・便・卵を一つの出口(総排出腔)から出す哺乳類のグループのことです。「孔(あな)が一つ」という意味で名づけられました。
ほかの哺乳類と分かれたのは約1億8700万年前
2021年に『Nature』誌へ載ったゲノム解析では、単孔類とそれ以外の哺乳類が分かれた時期を約1億8700万年前と見積もっています。恐竜がまだ栄えていたジュラ紀の前半です。カモノハシとハリモグラが枝分かれしたのはずっと後で、数千万年前とされます。
鳥や爬虫類と並べると見える位置
くちばしがあって卵を産むので、鳥の仲間に見えるかもしれません。けれど体の作りを項目ごとに見比べると、カモノハシは大半の欄でヒトの側に立っています。
| 項目 | カモノハシ | ヒト | 鳥 | トカゲ |
|---|---|---|---|---|
| 子の産み方 | 卵 | 胎生 | 卵 | 卵(一部は胎生) |
| 乳で育てる | する | する | しない | しない |
| 体の表面 | 毛 | 毛 | 羽 | うろこ |
| 体温 | 一定(約32℃) | 一定(約37℃) | 一定(40℃前後) | 外気に左右される |
| 出口 | 一つ | 別々 | 一つ | 一つ |
卵と出口の数だけが鳥や爬虫類と同じで、残りは哺乳類の特徴です。「卵を産む哺乳類」という呼び方は、この表をそのまま言葉にしたものといえます。
卵はどう産まれて、どうかえる?

母親の体の中で2〜4週間
交尾のあと、卵はしばらく母親の体の中で育ち、それから産み落とされる仕組みです。この期間は資料によって幅があり、オーストラリア・カモノハシ保護協会は平均16日、オーストラリア博物館は21日としています。野生での観察が難しい動物なので、数字はまだ固まっていません。
1回に産むのは1〜3個
ふつうは2個で、長さは16〜18ミリほど。うずらの卵の半分ほどの長さです。殻は鳥の卵のように硬くはなく、革のような弾力があります。
黄身の多い爬虫類型の卵
卵の中身は黄身がたっぷりで、胚は黄身の上の一部だけで分裂を始めます。これは鳥や爬虫類の卵と同じ育ち方です。ヒトの受精卵は黄身をほとんど持たず、全体が均等に割れていきます。
巣穴で抱いて約10日
メスは川岸の土手に子育て用の巣穴を掘り、その奥で卵を産みます。オスは子育てに加わりません。抱卵から授乳まで、すべて母親の仕事です。
体を丸めて卵を包む
母親は体を丸め、尾とお腹のあいだに卵を挟むようにして温めます。かえるまではおよそ10日。鳥のように巣の上に座るのではなく、全身で包み込む抱き方です。
殻を破る卵歯
子は鼻先にある小さな突起「卵歯(らんし)」で殻を内側から破って出てきます。ひよこのくちばしの先にも似た突起があり、殻を割る道具としては爬虫類時代からの持ち物だといえそうです。かえったばかりの子は毛もなく、ごく小さな姿だとされます。
卵生をめぐる85年の論争
カモノハシが卵を産むことは、長いあいだ確かめられていませんでした。先住民のあいだでは知られていたとされますが、ヨーロッパの学者は胎生説と卵生説に分かれて争い続けます。
1884年に届いた一通の電報
決着をつけたのは、ケンブリッジ大学の若い研究者ウィリアム・コールドウェルです。1884年、オーストラリアで産卵を確かめた彼は、カナダで開かれていた英国科学振興協会の会合へ電報を打ちました。文面はわずか4語で、「単孔類は卵生、卵は部分割」という意味のものでした。
決め手は卵の割れ方
「部分割」とは、黄身の上の一部だけが分裂する育ち方のこと。卵を産むだけでなく、その卵が爬虫類と同じ型だと伝えたわけです。最初の標本がヨーロッパに届いてから、答えが出るまで85年かかりました。
乳首がないのに、どうやって乳をあげる?

お腹の2か所からしみ出す乳
カモノハシのメスには乳首がありません。乳はお腹の皮膚にある2か所の「乳斑(にゅうはん)」から、汗のようにしみ出してきます。
毛に染みた乳をなめとる
乳斑は毛に覆われていて、子は毛にたまった乳をなめるようにして飲みます。吸いつく先がないので、ほかの哺乳類とはずいぶん違う飲み方です。乳を出す腺そのものは、汗腺に近い仕組みから生まれたと考えられています。
牛乳の3倍濃い
オーストラリア・カモノハシ保護協会によると、乳の固形分は約39%。牛乳の約12%と比べると3倍を超える濃さです。子は巣穴の中で3か月ほど過ごし、そのあいだに体重を大きく増やします。
乳そのものが細菌から子を守る
乳首がないということは、乳が外の空気や毛に触れたまま置かれるということです。細菌が入り込む機会は、吸い口から直接飲む哺乳類よりずっと多くなります。
2010年に見つかった抗菌性
その弱点を補うように、カモノハシの乳には細菌の増殖を抑えるタンパク質が含まれています。2010年に抗菌性が報告され、薬の効かない耐性菌への新しい手がかりになるかもしれないと注目されました。
巻き毛に似た立体構造
2018年にはオーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)とディーキン大学が、このタンパク質の形を明らかにしました。ほかに例のない折りたたまれ方で、研究チームは子役スターの巻き毛にちなんで「シャーリー・テンプル」型と名づけています。
赤ちゃんの歯は大人になると消える
大人のカモノハシには歯がありません。ところが子どものうちは小さな歯が生えていて、巣穴を出て自分で餌をとり始めるころに抜け落ちます。そのあとは二度と生えず、代わりに角質の硬い板で餌をすりつぶします。
2021年のゲノム解析では、歯を作るのに関わる遺伝子8個のうち4個が、単孔類の祖先の段階で失われていたことがわかりました。さらに興味深いのは、乳の主成分であるカゼインの遺伝子が、歯の形成に関わる遺伝子から生まれたらしいという指摘です。歯を手放した動物の乳が、歯の遺伝子の親戚から作られている。そんな皮肉な関係が浮かび上がりました。
オスの蹴爪の毒は何のため?

かかとの蹴爪と太ももの毒腺
毒を持つ哺乳類はごくわずかで、カモノハシはその代表格です。ヘビのように牙で咬むのではなく、後ろ足の蹴爪で刺して毒を送り込みます。
長さ15〜18ミリの鋭い爪
成熟したオスの蹴爪は、オーストラリア・カモノハシ保護協会によると15〜18ミリ。形は犬の犬歯にそっくり。蹴爪は管で太ももの「大腿腺(だいたいせん)」とつながり、ここで毒が作られます。
メスの蹴爪は1歳前に消える
じつはメスも生まれたときは小さな蹴爪の芽を持っています。けれど生後9か月ほどでなくなり、大人のメスに毒の武器はありません。オスの蹴爪も子どものうちは角質の鞘に包まれていて、1歳になるころまでにそれがはがれて鋭い先端が現れます。
毒が強まるのは繁殖期だけ
毒を作るのは成熟したオスだけで、量が増えるのは繁殖期に限られます。地域によって時期は違い、ビクトリア州では8〜10月が盛りです。季節とオスに偏っていることが、毒の使いみちを物語っています。
相手はほかのオス
繁殖期のオスは、縄張りやメスをめぐって争う間柄です。蹴爪はその場面で相手を後ろ足で抱え込むようにして刺すための武器と考えられています。ライバルを弱らせることができれば、それだけ子孫を残せる見込みが上がります。
狩りには使わない
カモノハシの獲物は川底の虫やエビといった小さな無脊椎動物です。わざわざ毒で仕留める必要はありません。ヘビやクモの毒が「食べるための毒」なのに対し、カモノハシの毒は「勝つための毒」といえます。
人が刺されたらどうなる?
人が命を落とした例は知られていません。ただし痛みは並外れて強く、長く続くことで知られています。野生のカモノハシを素手でつかむのは避けるべきだとされるのはこのためです。
モルヒネが効かない痛み
刺されると激しい痛みと腫れが起き、治まるまで数週間かかることがあります。筋肉の衰えや腫れが何か月も残る例もあるほどです。やっかいなのは、ふつうの鎮痛薬やモルヒネがほとんど効かないこと。神経の伝わりをせき止める麻酔薬なら抑えられるとされます。
毒の中身は少なくとも19種のペプチド
毒は透明でやや粘りのある液体です。少なくとも19種類のペプチドが見つかっていて、ヘビ毒とはまったく違う顔ぶれだそうです。痛みの神経を直接刺激する成分が含まれ、それが長引く痛覚過敏の原因と考えられています。
※ ペプチドとは、アミノ酸が数個〜数十個つながった分子のことです。これが長く連なって折りたたまれたものがタンパク質になります。
くちばしで何を感じている?

水中では目も耳も閉じる
潜るとき、カモノハシは目・耳・鼻の穴をすべて閉じてしまいます。濁った川底で獲物を探す手がかりは、くちばしだけです。
1回の潜水は30〜140秒
オーストラリア博物館によると、1回の潜水は30〜140秒ほど。獲物は頬の袋にためておき、水面に浮かんでから噛み砕きます。餌探しに使う時間は1日10〜12時間にもなります。
くちばしは柔らかい皮膚
「鴨の嘴(はし)」という名前ですが、鳥のくちばしのような硬い角質ではありません。しっとりした柔らかい皮膚で、表面にセンサーが並んでいます。学名の Ornithorhynchus anatinus も「鴨に似た鳥の鼻」という意味です。
約4万個の電気センサー
くちばしには、触れた感触を拾うセンサーと、電気を感じるセンサーが並んでいます。電気センサーの数は、およそ4万個とされるほどです。
獲物の筋肉が出す微弱な電気
生きものは筋肉や神経が動くたびに、ごく弱い電気を出すもの。カモノハシは川底に潜む虫やエビのこの電気を、くちばしを左右に振りながら拾います。哺乳類で電気を感じる力がはっきり確かめられているのは、単孔類のほかにはわずかです。
脳の地図の大部分がくちばし
体のどこからの感覚を脳のどれだけの広さで受け持つかを描いた「脳の地図」で、カモノハシはくちばしの占める割合が飛び抜けています。ヒトでは手や唇が大きく描かれるのと同じ理屈です。カモノハシにとってのくちばしは、ヒトの指先に当たる器官なのでしょう。
胃がない
もう一つ意外なのが消化器です。カモノハシには、食べものをためて酸で溶かす胃がありません。食道はそのまま腸へつながっています。
胃の遺伝子を失った
2008年のゲノム解析では、胃でタンパク質を分解する酵素ペプシンを作る遺伝子が見つかりませんでした。2021年の解析でも、胃やすい臓に関わる遺伝子がまとまって失われていたと報告されています。ハリモグラも同じなので、単孔類の共通祖先の段階で起きた変化とみてよさそうです。
カモノハシの体を数字で見る
ここまでに出てきた数字を、体の大きさと合わせて一覧にしました。小さな体に、変わった特徴がぎゅっと詰まっているのがわかります。
| 項目 | 数字 |
|---|---|
| 体長 | オス40〜63cm/メス37〜55cm |
| 体重 | オス0.8〜3kg/メス0.6〜1.7kg |
| 寿命 | 最長で約20年 |
| 体温 | 約32℃ |
| 1回の潜水 | 30〜140秒 |
| 卵 | 1〜3個(ふつう2個)・長さ16〜18mm |
| オスの蹴爪 | 15〜18mm |
最初は偽物だと疑われた?

1799年、ロンドンに届いた毛皮
カモノハシが初めて学術的に記載されたのは1799年です。オーストラリアから送られた乾燥した毛皮を調べたのは、大英博物館の博物学者ジョージ・ショーでした。
はさみで縫い目を探した
ショーは論文の中で、この動物が本物かどうか疑わずにはいられないと書いています。鴨のくちばしを獣の毛皮に縫い付けた作り物ではないか。そう考えた彼は、はさみを入れて縫い目を探したと伝えられています。
人魚の剥製が出回っていた時代
疑うのも無理はありませんでした。当時のヨーロッパには、猿の上半身と魚の尾をつないだ「人魚」の剥製のような作り物が、東洋からの珍品として持ち込まれていたのです。カモノハシも最初はその仲間とみなされかけました。
名前に残る驚き
本物とわかってからも、どこに分類するかで学者たちは悩み続けます。その戸惑いは名前にも残りました。
英名 platypus は「平たい足」
ショーが最初につけた属名 Platypus は、ギリシャ語で「平たい足」を意味します。ところがこの名前はすでに甲虫に使われていたため、学名は Ornithorhynchus に改められました。英語の呼び名としてだけ、platypus が残っています。
和名は見た目どおり
日本語の「カモノハシ」は、鴨の嘴という見た目をそのまま名前にしたものです。卵のことも毒のことも名前からはわかりません。いちばん目立つくちばしですら、実物は鳥のものとまったく違う柔らかい皮膚です。
カモノハシにはほかにどんな顔がある?

性染色体が10本ある
ヒトの性染色体はXとYの2種類で、女性はXX、男性はXYです。カモノハシはXが5本、Yが5本の計10本を持っています。これらは減数分裂のときに鎖のようにつながって並ぶ、ほかに例のない仕組みです。2021年の解析では、オスを決める遺伝子の候補としてヒトとは別の遺伝子(AMH)が挙げられています。
紫外線を当てると青緑に光る
2020年、博物館の標本に紫外線を当てると、毛皮が青緑色に光ることが報告されました。夜や薄暗い時間に動くカモノハシにとって、この光に意味があるのかどうかはまだわかっていません。
国外の動物園ではほとんど見られない
カモノハシは飼育がとても難しく、オーストラリアの外で見られる施設はごく限られます。2019年の時点で、国外で飼育していたのはアメリカのサンディエゴ動物園サファリパークだけでした。国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストでは「準絶滅危惧」に分類され、生息地の減少が心配されています。
縫い合わせた偽物ではないかと疑われた1799年から、200年以上がたちました。見えてきたのは、鳥と獣のつぎはぎではなく、哺乳類がまだ卵を産んでいたころの設計図を大事に抱えたままの動物です。卵も毒も電気の感覚も、その設計図の一ページ。偽物どころか、哺乳類の歴史をいちばん古いところまでさかのぼれる本物だったことになります。
参考
- Australian Museum「Platypus」
- Australian Platypus Conservancy「Platypus venom and spurs」
- Zhou Y. ほか「Platypus and echidna genomes reveal mammalian biology and evolution」Nature 592(2021)
- CSIRO「Saving lives with platypus milk」(2018年)
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