タコの血が青く見えるのは、酸素を運ぶ役目を銅を含むたんぱく質「ヘモシアニン」が担っているからです。ヒトの血を赤くしているのは鉄を含むヘモグロビンで、金属が違えば色も変わります。心臓が3つあるのも本当です。左右のえらの根元にある2つの「鰓心臓(さいしんぞう)」が血をえらへ押し込み、真ん中の「体心臓(たいしんぞう)」が酸素を受け取った血を全身へ送り出します。
タコの血はなぜ青く見える?

酸素をつかむ金属が鉄でなく銅
血の色は、血液の中で酸素をつかまえる色素で決まります。タコやイカが使うヘモシアニンの芯にある金属は、鉄ではなく銅です。名前の「シアン」はギリシャ語で青を意味する言葉に由来し、色がそのまま名前になりました。
酸素をつかむ部分には銅の原子が2個並び、ペアで酸素の分子を1個はさみこみます。ヘモグロビンは鉄1個で酸素1個をつかむので、つくりからして別物です。
酸素と結ぶと青、放すとほぼ無色
ヘモシアニンそのものに色はありません。酸素と結びついたときだけ青くなります。東京・豊海(とよみ)の「おさかなミュージアム」も、無色のヘモシアニンが酸素と結合すると青くなる、と説明しています。
つまりタコの血は、いつも青いわけではありません。えらを出たばかりの血は青く、体をめぐって酸素を配り終えた血は透明に近い。タコの体の中では、青と無色が行ったり来たりしています。
タコの血に赤血球はない

色素は血しょうにそのまま溶けている
ヒトのヘモグロビンは、赤血球という小さな袋の中に詰められています。タコのヘモシアニンには、そうした入れ物がありません。血液の液体の部分(血しょう)に、そのまま溶けて流れています。
袋に入れずに溶かすと、別の問題が出てきます。小さな粒をばらばらに溶かすと、その数だけ水を引き寄せる力(浸透圧)が強くなり、体の水分の出入りが乱れてしまうのです。
分子の大きさはヘモグロビンの50倍以上
そこでタコの仲間は、色素の分子そのものを巨大にしました。2015年に『Frontiers in Zoology』誌に載った論文は、タコのヘモシアニンの重さ(分子量)を約350万、酸素をつかむ場所を1分子に70か所としています。ヘモグロビンの分子量は約6万4千なので、50倍を超える大きさです。
大きな分子にまとめておけば、同じ量を溶かしても粒の数は少なくてすみます。袋に入れない代わりに分子を大きくする。それが水のバランスを守るタコの仲間のやり方だと考えられています。
ヒトの赤い血と並べた違い
同じ「酸素を運ぶ血」でも、中身の作りはかなり別物。色素の入れ物から運べる量まで、6つの項目で比べると次のとおりです。
| 項目 | タコ | ヒト |
|---|---|---|
| 酸素を運ぶ色素 | ヘモシアニン | ヘモグロビン |
| 芯になる金属 | 銅(2個で酸素1個) | 鉄(1個で酸素1個) |
| 色素の入れ物 | なし(血しょうに溶けている) | 赤血球の中 |
| 酸素と結んだとき | 青 | 鮮やかな赤 |
| 酸素を放したとき | ほぼ無色 | 暗い赤 |
| 血液100mlが運べる酸素 | 約3ml(ミズダコ) | 約20ml |
ヒトの血は酸素を放しても赤いままですが、タコの血は色そのものが消えます。そして最後の行の差が、心臓の数の話にまでつながっていきます。
青い血は赤い血より酸素を運べない?

運べる酸素はヒトの7分の1ほど
量だけで比べると、青い血は赤い血にかないません。2015年の論文がまとめたタコ7種の値では、血液1リットルが抱えられる酸素は0.6〜1.9ミリモル。北太平洋のミズダコは1.36ミリモルで、血液100mlに直すと約3mlです。
ヒトの血は100mlで約20mlの酸素を運べるので、ミズダコはその7分の1ほど。身近なマダコは0.61ミリモルと表の中で最も低く、100mlあたり1.4ml前後にとどまります。
足りない分は1回に押し出す血の量で補う
1987年に『Journal of Experimental Biology』誌に載ったマダコの研究では、タコが動き出すと血圧と脈の大きさ、血の流れがそろって約2倍になりました。心拍の回数はほとんど変わりません。体心臓が1回の拍動で押し出す量を増やして賄っていたのです。
血が酸素をどれだけ手放すかの幅にも、もう余裕はほとんどないと論文は見ています。1回に運べる量が少ないなら、流す量を増やすしかない。ここに心臓の数の話が絡んできます。
南極のタコは色素の濃い血で寒さをしのぐ
ドイツのアルフレッド・ウェゲナー研究所などのチームは、南極の海にすむタコ(パレレドネ・カルコティ)の血を、暖かい海のタコ2種と比べました。南極のタコの血には、1mlあたり約79mgのヘモシアニンが溶けていました。比べた3種の中で最も濃い値です。
ところが0℃の水では、ヘモシアニンが酸素を強く握りしめすぎて、安静時に手放せるのは抱えた量の16.3%だけでした。10℃なら約77%を放せるので、差は歴然です。色素を濃くしているのは、この「放しにくさ」の埋め合わせだと研究チームはみています。
二酸化炭素が増えると酸素を手放す
よく働いている筋肉のまわりでは、二酸化炭素がたまって血が酸性に傾きます。この変化が合図となり、ヘモシアニンは握っていた酸素をゆるめる。必要な場所ほど多く配れるしかけで、ヒトのヘモグロビンにも同じ性質があります。
※ ボーア効果とは、血液中の二酸化炭素が増えて酸性に傾くと、酸素を運ぶ色素が酸素を手放しやすくなる性質のことです。デンマークの生理学者クリスチャン・ボーアの名から来ています。
3つの心臓はそれぞれ何をしている?

えらの根元の鰓心臓は、えら専用のポンプ
タコのえらは、胴体(外套膜)の内側に左右1枚ずつあります。その根元に1つずつ置かれているのが鰓心臓です。体をめぐって戻ってきた血は勢いが落ちていて、細かい血管が密に詰まったえらを通り抜けにくい。この血をもう一度押し出してえらの中へ送り込むのが、鰓心臓の役目です。
鰓心臓は尿のもとをこし出す手伝いも
鰓心臓のわきには、「鰓心臓付属体」という小さな器官がくっついています。鰓心臓が血に圧をかけることで、ここで血液から尿のもとがこし出されると考えられています。えらへ血を送るついでに、腎臓の入り口の仕事も引き受けているわけです。
真ん中の体心臓が全身へ送り出す
えらで酸素を受け取った青い血は、真ん中の体心臓に集まります。ここから太い血管(大動脈)を通って、腕や筋肉や脳へ配られていきます。ヒトでいえば、心臓の左側が受け持つ仕事です。
タコの血は2段のポンプで一周する

血がめぐる順番で見る3つの心臓
血が3つの心臓を通る順番を追うと、分担のしかたがよく見えます。
| 順番 | 通る場所 | 血の状態 | そこでの仕事 |
|---|---|---|---|
| 1 | 全身の筋肉や内臓 | 青→ほぼ無色 | 酸素を配り終える |
| 2 | 左右の鰓心臓 | ほぼ無色 | 勢いを付け直してえらへ押し込む |
| 3 | 左右のえら | 無色→青 | 海水から酸素を受け取る |
| 4 | 体心臓 | 青 | 全身へ強く送り出す |
えらの手前で1回、えらの後で1回。1つの心臓で両方をこなすヒトとは、力のかけ方が違います。
体心臓の拍動は安静時で1分に40〜50回
1979年に『Journal of Experimental Biology』誌に載った研究で、自由に動けるマダコの心拍が測られました。体重500g前後・水温22℃の個体で、安静時は1分に40〜50回。ヒトの安静時(60〜100回ほど)よりゆっくりしたリズムです。
大動脈の血圧は、安静時に水柱で40cm(収縮時)と15cm(拡張時)でした。動き出すと100cm以上まで上がります。ヒトの血圧120mmHgを水柱に直すと約160cmなので、タコの心臓はずっと低い圧で働いています。
酸素の薄い水では体心臓が止まる
同じ1979年の研究では、水中の酸素が減るにつれて体心臓の拍動がゆっくりになり、脈も小さくなりました。酸素が約2.5ppmまで下がると、拍動は止まります。
ただしこれは一時的で、少なくとも短い間なら元に戻ることが確かめられています。タコの心臓は、止まることをある程度織り込んだ作りなのかもしれません。
なぜ心臓が3つも必要なの?

貝の仲間なのに血管が閉じている
タコやイカは、アサリやカタツムリと同じ軟体動物の仲間です。多くの貝やカタツムリでは血管の先が開いていて、血は内臓のすき間へしみ出してから心臓へ戻ります(開放血管系)。ゆっくり暮らすぶんには、この作りでも足ります。
タコやイカの血は、ヒトと同じように血管の中だけを流れます(閉鎖血管系)。圧をかけて速く回せる反面、細い管を通るたびに勢いが落ちていく。全身をめぐり、さらにえらの細い血管も通るとなると、1つの心臓では押し切れません。
運べる量が少ないぶん回して稼ぐ
タコは岩をこじ開け、獲物に飛びかかる、よく動く生きものです。おさかなミュージアムの解説も、心臓が3つになった理由を、筋肉の多い体が大量の酸素を必要とすることに求めています。
血100mlで3mlしか運べないなら、同じ時間に大量の血を回すしかありません。えらの前後に別々のポンプを置けば、えらを通る流れも全身へ送る流れも、それぞれ強く保てるはずです。青い血の弱みと3つの心臓は、セットで見ると筋が通ります。
濃いたんぱく質の血を押し流す力もいる
2015年の論文によれば、ヨーロッパヤリイカなどでは血1mlに溶けたヘモシアニンが160mgを超えるほど。これほど濃いたんぱく質が溶けた血を、えらの細い血管へ通すには相応の力がいります。2段のポンプは、その力を分け持つ仕組みともいえます。
イカにもコウイカにも心臓は3つ
3つの心臓はタコだけの特技ではありません。同じ頭足類(とうそくるい)のイカやコウイカも、鰓心臓2つと体心臓1つを持っています。泳ぎの速いイカも、この作りで海を行き来しているのです。
※ 頭足類とは、タコ・イカ・コウイカ・オウムガイなど、頭から直接腕(足)が生えている軟体動物のグループのことです。
ジェット噴射で泳ぐと心臓が止まる

水を吐き出す泳ぎ方で拍動が途切れる
タコは胴体に吸い込んだ水を漏斗(ろうと)から勢いよく吐き出し、その反動で泳ぎます。1987年のマダコの研究では、このジェット噴射で泳ぐあいだ、心臓の拍動が止まることが確かめられました。研究チームはこれを「心停止」と呼んでいます。
胴体の中の水圧が血の戻り道をふさぐ
水を吐き出す瞬間、胴体の中は強い圧力になります。太い静脈の血はその圧に勝てず、心臓まで戻れなくなる。送り出す血が届かないので、心臓は空打ちせずに止まってしまう、というのが論文の説明です。
酸素の借金は体重1kgあたり22mlまで
血が回らないあいだ、筋肉は酸素の「借金」で動きます。マダコが抱えられる借金は、体重1kgあたり酸素約22mlと見積もられました。これでは長くもちません。ジェット噴射で進めるのは数メートルが限度だ、と論文は結論しています。
ふだんのタコは泳がず海底を這う
水族館のタコが、泳ぐより腕で這っている時間が長いのはこのためです。這っているあいだ心臓は止まらず、先に見たように血の流れを約2倍に増やして運動を支えます。急いで逃げるときだけ、心臓を止める覚悟でジェット噴射を使う。そんな使い分けです。
同じ論文は、循環のこうした制約をイカとも比べています。外洋を泳ぎ回るイカに対し、タコは岩場の穴を拠点に暮らす生き方を選びました。心臓の数は同じ3つでも、暮らし方で使い方が変わるようです。
エビ・カニやカブトガニの血も青い

軟体動物と節足動物の多くが銅を使う
ヘモシアニンで酸素を運ぶのは、軟体動物と節足動物の多くです。軟体動物ではタコ・イカのほか、アワビなどの巻き貝やヒザラガイ。節足動物ではエビやカニ、カブトガニ、それに陸にすむクモやサソリの仲間も青い血を持っています。
名前は同じでも分子の組み立ては別物
面白いのは、タコのヘモシアニンとカニのヘモシアニンが、同じ名前でもつくりが大きく違うことです。どちらも銅2個で酸素をつかみますが、軟体動物のヘモシアニンを扱った2018年の総説は、両者の構造を「根本的に異なる」と書いています。銅で酸素を運ぶという同じ答えに、別々の道から行き着いたように見えます。
カブトガニの血は薬の検査に使われる
青い血の生きものでよく名前が挙がるのがカブトガニです。カニと名がつきますが、クモやサソリに近い仲間。その血の細胞(アメーバ細胞)は、細菌の毒素(エンドトキシン)に触れるとすぐに固まります。1964年にアメリカの研究者バングとレヴィンがこの性質を報告し、毒素を見つける検査薬が生まれました。
アメリカ食品医薬品局(FDA)は1983年、注射薬などの最終製品の検査として、この方法を正式に認めました。働いているのは細胞の中の酵素で、青い色のもとであるヘモシアニンは関わっていません。今も毎年およそ50万匹から血が採られ、85〜90%は海へ生きて戻されるとされています。
タコは脳も9つあるって本当?

神経細胞の3分の2以上は腕と体にある
心臓3つと並んでよく語られるのが「脳が9つ」という話です。タコの神経細胞は5億個を超え、犬とほぼ同じ規模。そのうち3分の2以上が、頭ではなく腕と体に散らばっています。
腕は吸盤で触れたものの情報を、その場で処理できます。そこで真ん中の脳に8本の腕の「小さな脳」を足して9つ、という数え方が広まりました。おさかなミュージアムも、合計9つの脳があるともいわれる、と紹介しています。
迷路の実験では「脳は1つと賢い腕8本」
沖縄科学技術大学院大学(OIST)にいたタマル・ガトニック博士らは、マダコ6匹にY字の迷路で餌のある向きを覚えさせました。覚えた5匹は、訓練に使っていない腕でも正しい向きを選べたのです。学んだ中身は腕ごとではなく、真ん中の脳にしまわれていたことになります。
博士はこの結果を、9つの脳を持つタコではなく「1つの脳ととても賢い8本の腕」と表しました。心臓の3つは数えたとおりですが、脳の9つは少し話を盛った数え方といえそうです。
青い血は、1回に運べる酸素が少ない。その弱みを、えらの前後に置いた2段のポンプで補う。泳げば心臓が止まるから、ふだんは海底を這って暮らす。タコの体は、一つの選択が次の選択を呼んでできあがった、つじつまの合った設計です。岩陰からのそりと這い出すあの動きも、青い血を止めずに進むための歩き方だったわけです。
参考
- Oellermann M. ほか「Blue blood on ice」Frontiers in Zoology 12(2015)
- Wells M. J.「The heartbeat of Octopus vulgaris」Journal of Experimental Biology 78(1979)
- Wells M. J. ほか「Blood Flow and Pressure Changes in Exercising Octopuses」Journal of Experimental Biology 131(1987)
- American Association of Immunologists「Blue Bloods: Bang, Levin, and the Horseshoe Crabs」
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