走馬灯(そうまとう)は本来、ろうそくの熱で回る影絵の灯籠です。二重の枠の内側に馬に乗った武将の切り絵を貼り、炎の上昇気流で内枠を回すと、外側の紙に影が次々と駆けていきます。江戸時代の中ごろから夏の夜に涼をとる玩具として広まりました。「人生が走馬灯のように巡る」という言い方は、この道具の名前を借りた比喩です。
走馬灯は二重の枠でできた影絵の灯籠

外枠はスクリーン、内枠は切り絵の版
構造は影絵芝居とほとんど同じです。外側の枠には紙が張ってあり、これが映写幕の役をします。内側の枠には人や馬を切り抜いた紙を貼り、中心にろうそくを立てる。内枠が回れば、切り絵の影が外の紙の上を横切っていきます。見る側に見えているのは外の紙だけです。中の仕掛けは隠れていて、影だけが静かに巡っていく。その不思議さが、この道具の見どころでした。
回り灯籠・影灯籠・舞灯籠という別名
辞典には「回り灯籠」「影灯籠」「舞灯籠」という別名も載っています。どれも見た目をそのまま言い表した名前です。回る灯籠、影を映す灯籠、舞うように動く灯籠。走馬灯という呼び名だけが、仕掛けではなく絵柄のほうから付けられています。
ろうそく一本でなぜ回る?

炎が起こす上昇気流が羽根車を押す
内枠の軸の上には、小さな風車が付いています。ろうそくが空気を温めると、温まった空気は軽くなって上へ流れる。その流れが羽根を押して軸が回り、内枠ごと絵が動きます。電気もぜんまいも要りません。火を入れるだけで動き出す道具です。
火の具合がそのまま影の速さになる
速さを調整する部品は、どこにもありません。火が弱れば回転も鈍り、消えれば止まります。熱と回転が直結しているぶん、その晩の炎の加減がそのまま影の駆ける速さになりました。
タービンの遠い親戚とされることもある
燃料を燃やし、生まれた気流で羽根車を回し、軸の回転として取り出す。手順だけを並べると、ガスタービンと同じ流れです。中国では走馬灯をガスタービンの原理の先がけとして紹介する文献もあります。直接の系譜でつながっているかは別の話ですが、熱を回転に変えるいちばん素朴な実演であることは確かです。いまも夏休みの自由研究で、紙とアルミ箔の羽根を電球で回す工作が作られています。
なぜ絵柄が馬なのか?

馬に乗った人物が回り続けて見える
内枠に貼られたのは、馬に乗った武将や人物の切り絵でした。南宋の都・臨安の行事を記した『武林旧事(ぶりんきゅうじ)』には、影灯の中で騎馬の人物が飛ぶように回る、という一節があります。円筒が回る以上、影は同じところを何度も通ります。歩く人物だと不自然になりますが、駆ける馬なら「走り続けている」ように見える。題材と動きの相性がよかったわけです。
「走馬」は馬を走らせること
「走馬」は馬を走らせる、あるいは馬が走るという意味の言葉です。「走馬看花(そうばかんか)」という四字熟語もあり、馬を走らせながら花を見る、つまり物事をざっと眺めるだけで細部を見ないことを指します。灯籠の名も同じ発想です。止まって鑑賞する絵ではなく、通り過ぎていく絵。走馬灯という三文字には、最初から「速く流れて留まらない」という含みがありました。
中国では竜や鷺も回っていた

蟠螭灯・仙音燭・転鷺灯という古い名前
熱で回る灯籠は中国生まれで、名前は時代とともに変わってきたとされます。秦・漢のころは蟠螭灯(ばんちとう)、唐では仙音燭(せんおんしょく)や転鷺灯(てんろとう)、宋では馬騎灯(ばきとう)。螭は角のない竜、鷺はサギのことです。
名前を並べると、馬が最初からの主役ではなかったことが分かります。竜が回り、鳥が回り、そのあとで馬が定着した。呼び名の移り変わりは、そのまま流行した絵柄の移り変わりでもあります。
南宋の夜には売り物になっていた
走馬灯が盛んになったのは南宋の頃です。都の暮らしを書き留めた『武林旧事』や『夢粱録(むりょうろく)』に、その名が出てきます。どちらも年中行事や町のにぎわいを伝える記録で、灯籠の名が挙がる程度には普及していたのでしょう。
日本に伝わった時期ははっきりしません。ただ、江戸時代の初めにはすでに「回り灯籠」として知られていました。
日本ではいつ夏の玩具になった?

江戸初期は宗教的な色が濃かった
百科事典の記述によれば、江戸時代初期の回り灯籠は宗教的な性格の強いものでした。それが元文(げんぶん)年間、西暦では1736年から41年の頃を境に、遊びの技巧や工夫が加えられていきます。八代将軍徳川吉宗の治世の後半にあたる時期です。このあたりから走馬灯は、仏前の灯りから夏の夜の納涼玩具へと姿を変えていきました。
錦絵職人の内職として売られた
江戸では、錦絵の職人が内職として走馬灯を商品にしたといいます。切り絵を作り、枠に貼り、組み立てる。絵を描く腕がそのまま活きる仕事でした。家庭で細工物として作ることも広まります。買うものであり、作るものでもあった。夏になると出してきて火を入れ、影の行列を眺める。そういう季節の品でした。
火を焚くのに夏の季語
走馬灯は俳句で夏の季語です。実際には火を焚いているので、部屋はむしろ暑くなるはず。それでも涼み道具に数えられました。音で涼をとる風鈴と同じく、体感温度より気分を涼しくする道具だったのでしょう。暗い部屋で影だけが音もなく巡る光景は、たしかに暑さを忘れさせる種類のものです。
お盆の回転行灯は走馬灯の仕組みそのもの

いまは電球の熱で回っている
盆提灯のなかに「回転行灯(かいてんあんどん)」と呼ばれる種類があります。火袋の内側で筒が回り、蓮や秋草の絵が流れていく据え置き型の提灯です。灯りはろうそくから電球に替わりました。それでも回る理屈は同じです。仏壇店の取扱説明によれば、電球の発熱によるわずかな上昇気流で回転筒が自然に回ります。中国で竜が回っていた頃と変わらない原理です。
LEDに替えると止まる理由
熱で回る以上、発熱の少ないLED電球に替えると上昇気流が生まれず、筒は回らなくなります。従来型の回転行灯にコード式の白熱球が使われてきたのはそのためです。
最近はコードレスのLED回転行灯も売られています。こちらは小型のモーターで支柱を回す仕組みで、熱には頼っていません。見た目は同じでも、中身は走馬灯から離れた別物です。
回らないときは傾きと静電気を疑う
上昇気流の力はとても弱いものです。回転筒が電球や柱に少し触れていたり、傾いていたりするだけで止まってしまいます。部屋の温度や湿度によっては、気流がほとんど起きない日もあるそうです。
長く使うと静電気で止まることもあり、仏壇店は静電気防止スプレーや湿った布で拭く方法を案内しています。江戸の走馬灯も、きっと同じくらい繊細な道具だったはずです。
「走馬灯のように」はもともと何のたとえ?

田山花袋『春潮』では感情の移り変わり
国語辞典が引く古い用例のひとつが、田山花袋(たやまかたい)の小説『春潮』(1903年)です。自分の恋の時代は過ぎたという思いと、親を思う気持ちとが「走馬燈のやうに烈しく急に廻り出し」た、という場面で使われています。
死とは何の関係もありません。感情が入れ替わり立ち替わり押し寄せる、その速さと止められなさを言うための比喩です。明治の読者にとって走馬灯は、まだ夏の夜に見慣れた実物でした。
辞書の語釈は「めまぐるしく移り変わる」
辞書の語釈でも、比喩の中心は「物事が次々に現れては過ぎ去っていく」という点にあります。死に際に人生の場面がよみがえる、という使い方はその延長です。
順序としては、まず「速く移り変わるもの」のたとえがあり、そこに死の場面の話が乗った。灯籠が死を連想させたのではなく、速さのイメージが借りられた、と考えるほうが自然です。
英語には灯籠も馬も出てこない
英語で同じ場面を言うときは、人生が目の前を閃き過ぎる(flash before one’s eyes)という言い回しになります。日本語は回転する道具を、英語は光の閃きを持ってきたわけです。
研究の世界では「パノラマ記憶」あるいは「ライフレビュー」と呼ばれます。日本語の走馬灯には一周して戻ってくる響きがありますが、閃きやパノラマにはそれがありません。
※ ライフレビューとは、死に直面したときに自分の過去の出来事が次々とよみがえる体験のことです。臨死体験の報告に含まれる要素のひとつとして研究されています。
死に際の記憶の話は18世紀の記録にある

1791年、ポーツマス港で溺れかけた17歳
1791年7月、イギリス海軍の17歳の士官候補生フランシス・ボーフォートが、ポーツマス港で小舟から落ちました。泳げないまま沈み、仲間の水兵に助けられています。のちに風力階級(ボーフォート風力階級)を考案する人物です。
後年、彼は科学者仲間への手紙でそのときの感覚を書き残しました。もがくのをやめると穏やかな静けさが訪れ、人生の出来事が細部まで鮮やかに、しかも時間をさかのぼる順によみがえったといいます。すべては2分ほどのあいだの出来事でした。
1892年、地質学者ハイムが集めた転落者の証言
体系的な聞き取りの始まりとされるのが、スイスの地質学者アルベルト・ハイムの報告です。ハイム自身も1871年、山で20m近い崖から落ちて生還し、落ちる途中で過去の人生が絵のように浮かんだと語っています。
彼は転落した登山者や足場から落ちた職人、負傷した兵士や溺れかけた人の体験を集めました。報告は1892年にスイス山岳会で発表されています。この報告は1972年に英語へ訳され、以後の研究の出発点になります。
体験する人はどのくらいいる?

205人のうち60人という調査
アメリカ・アイオワ大学の精神科医ラッセル・ノイスと臨床心理士ロイ・クレッティは、命に関わる危険に遭った205人の証言を分析しました。1977年の報告では、そのうち60人の記述にパノラマ記憶が含まれていました。およそ3割にあたります。少数の特殊な例ではない。かといって、誰にでも起きるわけでもない。そのくらいの頻度だと考えておくのがよさそうです。
「死ぬと思った」だけの人にも起きる
同じ分析で目を引くのは、この体験が溺れかけた人と、事故の最中に「もう死ぬ」と思った人に多かったという点です。実際には体が死の過程に入っていない場合でも報告されています。
引き金は体が壊れていくことより、死が迫っていると感じることのほうにあるのかもしれません。走馬灯を「死の直前に脳が見せるもの」と言い切れない理由が、ここにあります。
思い出す順番は時系列ではない
2017年、イスラエルのハダサ・ヘブライ大学医療センターの研究チームが、ライフレビューを体験した7人に詳しく話を聞きました。記憶には時間の順序がなく、いくつもの場面が同時に、動画のコラージュのように浮かんだといいます。自分の人生を他人の視点から見ていた、という証言もありました。
チームはさらに264人に質問紙調査を行い、こうした記憶の成分が人々のあいだに程度の差として広く分布していると報告しています。極端な状況で、誰もが持つ記憶の働きが強く出たもの、という見方です。
脳で何が起きているかはまだ分からない

2022年、偶然記録された87歳の脳波
2022年に発表された症例報告は、狙って得たデータではありません。転倒による頭のけがで手術を受けた87歳の男性が、てんかん発作の検査で脳波計を付けている最中に心停止を起こしました。その前後の脳波が偶然、連続して記録されたのです。
心停止の前後で、ガンマ波と呼ばれる速い波の相対的な割合が高まっていました。責任著者のアジマル・ゼマール氏らは、この活動が人生の最後の「想起」を支えている可能性を論文で述べています。
専門家が付けた留保
この報告には、臨死体験研究で知られるブルース・グレイソン氏らが同じ雑誌で論評を寄せています。ガンマ波は割合こそ増えたものの、絶対量では心停止後むしろ減っていた。脳出血・麻酔・抗けいれん薬・低酸素と、結果に影響しうる条件も重なっていた。そもそも筋肉の電気活動が混じった可能性がある、という指摘です。
一例から一般化するのは難しい。研究者たち自身がそう書いていることは、押さえておきたいところです。
2023年、4人中2人でガンマ波が高まった
2023年には、ミシガン大学のグループが4人の昏睡患者の脳波を報告しました。人工呼吸器を外したあと、2人で急激なガンマ波の高まりが見られました。活発になったのは側頭葉・頭頂葉・後頭葉の接する領域で、意識に関わると考えられている場所です。
ただ、4人とも亡くなっていて、本人が何かを体験していたかを確かめる方法はありません。走馬灯の正体は、当分のあいだ「そういう報告がある」という段階にとどまりそうです。
走馬灯という言葉は、二つのものに同じ「回る」を当てています。けれど回り方はまるで逆です。灯籠のほうは同じ絵が同じ向きで何度でも戻ってくる。報告されている体験のほうは、順序もなく一度きりで過ぎていきます。名前を貸したのは灯籠でも、中身まで似ているわけではないのです。
参考
- 「走馬灯」|精選版 日本国語大辞典・日本大百科全書(コトバンク)
- 盆提灯の取扱い|仏壇屋 滝田商店
- Commentary: Enhanced Interplay of Neuronal Coherence and Coupling in the Dying Human Brain|Frontiers in Aging Neuroscience 14, 2022
- Surge of neurophysiological coupling and connectivity of gamma oscillations in the dying human brain|PNAS 120(19), 2023
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