110番も119番も、ダイヤル式電話の時代に「かけ間違いを減らす」ことを考えて選ばれた番号です。警視庁は110番を、ダイヤルの最初の「1」と最後の「0」を組み合わせた番号だと説明しています。消防は1926年に最短でかけられる112番で始まりましたが、間違い電話が多く、翌1927年に当時使われていなかった「9」を末尾に置いた119番へ切り替わりました。
緊急通報の番号はなぜ「1」で始まる?

1で始まる番号は特別な用途の枠
総務省の「電話番号に関するQ&A」では、1から始まる番号は緊急性・公共性・安全性の面で重要なときや付加サービスに使う枠です。ふだんの固定電話は、市内なら2〜9で始まる番号、市外なら0で始まる番号でかけます。いまの番号の仕組みで見ると、頭の1は一般の電話番号とぶつからない特別な置き場所になっているわけです。
固定電話の番号は「0-市外局番-市内局番-加入者番号」の形をしています。先頭の0は番号の一部というより、これから市外へつなぐという交換機への合図です。
※ 国内プレフィックスとは、国内の市外通話をかけることを交換機に伝える先頭の数字のことです。日本では「0」がこれにあたります。
1XY番号は100通りしかない
1で始まる3桁の番号は、総務省の利用指針で「1XY番号」と呼ばれます。100から199までの100通りが上限です。平成27年3月18日現在の一覧では、このうち51番が「保留」で、どこにも割り当てられていません。
使われている番号も、重要度でA分類とB分類に分けられています。A分類は14件で、104番の番号案内・117番の時報・171番の災害用伝言ダイヤル・177番の天気予報もここに入ります。そのうち「緊急通報」と書かれているのは110番・118番・119番の三つだけです。
112番はいまも番号表に残っている
消防の番号として1年あまりで外された112番は、番号表から消えたわけではありません。同じ一覧ではB分類の「共同相互通話」として載り、「現在使用されている共同相互通話のみに使用を許容」と注記されています。新しい用途には開放されず、昔からの利用だけが残っている番号です。111番は「試験」用で、こちらも一般のサービスには使われていません。
ダイヤル式電話では番号ごとに速さが違った?

回した数だけ信号が流れる仕組み
番号が決まった当時の電話は、円盤の穴に指を入れて回すダイヤル式でした。指を離すと円盤が戻り、その間に回線を断続させて数字を伝えます。1なら1回、5なら5回、0は10回。数字が大きいほど戻りが長く、かけ終わるまでに時間がかかりました。
1は円盤の止め金のすぐ手前にあり、ひと呼吸で戻ってきます。一刻を争う通報の番号に1を使うのは、この時代の電話では理にかなった選び方でした。
110番は最初の「1」と最後の「0」の組み合わせ
警視庁の「110番の今昔」は、110番をダイヤル式の時代に「間違い電話をなくすため」最初の「1」と最後の「0」を組み合わせたものだと説明しています。速さだけなら111が最短です。それでも最後にいちばん遠い0を置いたところに、速さより間違えにくさを取った判断が表れています。
消防の番号はなぜ最初「112番」だった?

交換手に「火事」と告げていた大正時代
鹿児島県出水市の「消防豆知識」によると、電話による火災通報は明治20年末に始まりました。初期の電話は交換手が手作業で回線をつなぐ方式で、かける人は受話器を上げてつなぎ先を口で伝えるだけ。火事のための番号はありませんでした。
大正6年(1917年)4月1日には、東京で火災報知の電話が制度として整えられます。交換手に「火事」と告げれば消防署へつないでもらえる仕組みです。大正8年4月1日からは、この通話料が無料になりました。
「119」はもともと電報の受付番号だった
119という並びは、火事より先に別の用途で使われていたとされます。東京で電話の交換が始まった明治23年(1890年)、東京郵便電信局が119番を電報の受付用に取っていたという記録が残るのです。いまの持ち主である消防にたどり着くまで、この3桁は一度ほかの役目を経ていたことになります。
自動交換になって数字が必要になった
転機は大正15年(1926年)1月20日でした。東京で自動交換方式が採り入れられ、交換手を通さずに相手へつながるようになります。人がいなくなった以上、行き先は数字で示すしかありません。このとき火災報知専用に決まったのが112番です。
出水市の資料は、選んだ理由を「一刻を争うため、ダイヤルの短い番号として指定」と書いています。1が二つ並び、最後も小さな2。ダイヤル式で最短に近い番号でした。
112番が1年あまりで119番に変わった理由は?

間違い電話が多すぎた
112番から119番への切り替えは、昭和2年(1927年)10月1日です。出水市は「誤接続(間違い電話)が多く」、大阪府吹田市は「間違い電話などが多くあったため」と、どちらも間違い電話を理由に挙げています。最短の番号は、同時にいちばん押し間違えやすい番号でもありました。
受話器のフックを叩く癖が「11」になった
間違いの中身としてよく語られるのが、手動交換の時代の癖です。交換手を呼ぶとき、受話器を置く台のフックを「ガチャガチャ」と2回上下させる人がいました。この断続は、回線から見ると1を2回回したのと同じ信号です。続けて20番台の局番を回すと、頭の3桁が112になり、火災報知の番号へつながってしまったといわれます。
使われていない「9」を末尾に置いた
出水市の資料は、昭和2年から「使われていない『9』を使うことになり」119番が生まれたと書いています。当時の局番に9で始まるものがなく、ほかの番号と重ならないという理屈です。間違いの起きる道筋そのものを番号の側でふさいだ形で、理由として筋が通っています。
「9で心が落ち着く」説はどこまで本当か
吹田市は、119は112より円盤の戻る時間が長く、その間に「心を落ち着かせることができると言われました」と紹介しています。そのうえで、ダイヤル式が使われなくなったいまでは効果はないようだとも添えました。
ただし自治体の説明でも、この話は「言われた」という伝聞の形です。当時の逓信省が改めた理由として伝わるのは、「設備の関係から」という素っ気ない一言。確かなのは、間違い電話を減らすことが動機だったという点までです。
110番が全国どこでも110になったのはいつ?

1948年に8つの大都市で始まった
警察の緊急番号は、消防より20年以上あとに登場します。警視庁によると、110番通報の制度ができたのは昭和23年(1948年)10月1日。対象は東京・大阪・京都・横浜・川崎・神戸・名古屋・福岡の8大都市でした。連合国軍総司令部(GHQ)からの申し入れを受け、国家地方警察と逓信省が話し合って始めたとされています。
大阪は1110、名古屋は118だった
始まった当初は、番号さえ都市ごとにそろっていませんでした。110番だったのは東京で、大阪・京都・神戸は1110番、名古屋は118番だったと伝えられています。いま海上保安庁が使っている118を、かつて名古屋の警察が使っていたことになります。
1954年に警察も消防も全国でそろった
ばらつきがなくなったのは昭和29年(1954年)です。この年の7月1日に新しい警察法が施行され、それを機に110番へ統一されたとされます。同じ年の8月10日には、日本電信電話公社が火災報知の番号を119番で全国統一すると定めたとされています。警察と消防が、たまたま同じ年に足並みをそろえました。
統一の効き目は、旅先や出張先で分かります。市外局番を付けずに110や119とだけ押せば、その土地の受け付け先につながる。番号を土地ごとに変えないという約束が、「思い出さなくていい」という安心になっています。
3つ目の緊急番号「118番」は何のため?

2000年に始まった海の事件・事故の番号
118番は、海での事件や事故を海上保安庁へ知らせる番号です。運用が始まったのは平成12年(2000年)5月1日で、自動交換の時代から70年以上あとに決まった、三つのなかでいちばん新しい緊急番号になります。船の事故や海で人が流された場面のほか、密漁や油の流出といった情報も受け付けています。
通報の99%が間違い電話など
海上保安庁の「118番通報実績」によると、運用開始から令和6年4月30日までの通報は1354万4639件。そのうち1341万9944件、割合にして99.1%が「間違い電話等」でした。ここには間違いのほか、いたずら・無言・つながってすぐ切れたものも含まれます。海の事故にかかわる通報は、全体の1%に届きません。
119番にはどんな通報がかかってくる?

火災の通報は全体の0.7%
令和7年版の消防白書によると、令和6年中の119番通報は1014万1584件でした。火事を知らせるために生まれた番号ですが、火災の通報は7万5017件で、全体の0.7%にとどまります。内訳を並べると、番号の生い立ちとはずいぶん違う姿が見えてきます。
| 通報の内容 | 件数 | 割合 |
|---|---|---|
| 救急・救助 | 734万4608件 | 72.4% |
| その他(問い合わせなど) | 198万5552件 | 19.6% |
| 間違い | 47万4450件 | 4.7% |
| その他の災害(危険物の漏れなど) | 20万1122件 | 2.0% |
| 火災 | 7万5017件 | 0.7% |
| いたずら | 6万0835件 | 0.6% |
救急・救助が7割を超える
いまの119番の中心は救急です。東京で警視庁消防部に救急隊が置かれ、119番と連動した運用が始まったのは昭和11年(1936年)1月20日とされます。火災報知の番号ができてから10年ほどあとに加わった役目が、いまでは通報の7割を超えています。
間違いといたずらで年53万件
間違いが4.7%、いたずらが0.6%。合わせると年に53万件を超えます。1日あたりに直すと1400件以上。間違いを減らすために選ばれた番号が、いまも間違い電話と向き合っていることに変わりはありません。
救急車を呼ぶか迷ったら#7119
#7119は「救急安心センター事業」の番号で、医師・看護師・救急救命士に電話で相談できます。すぐ病院へ行くべきか、救急車を呼ぶべきかを一緒に判断してもらえる窓口です。ただし全国一律ではなく、消防庁のページでは実施地域は42地域とされています。住んでいる地域で使えるかを、ふだんのうちに確かめておくと安心です。
110番は1年にどれくらいかかってくる?

約3.0秒に1回、年1060万件
令和7年版の警察白書によると、令和6年中の110番通報の受理件数は約1060万件でした。平均すると約3.0秒に1回、国民の約11人に1人から通報を受けた計算です。
携帯電話からが77.6%、映像での通報も
同じ白書では、携帯電話などからの通報が77.6%を占めています。固定電話と違って住所がひもづかないため、警察は発信した場所の情報を受け取る仕組みを使って現場を探します。
音声だけに頼らない通報も広がりました。スマートフォンで現場の様子を撮って送る「110番映像通報システム」は、令和6年中に全国で7376件使われています。回すダイヤルから送る映像へ、100年で伝え方は大きく変わりました。
急がない相談は#9110へ
緊急でない用件まで110番に集まると、急を要する通報が待たされます。警察白書は、すぐの対応を必要としない相談については「#9110」番や各種の相談電話を使うよう呼びかけています。近所とのもめごとや、つきまといの不安のように、いま警察官が駆けつける段階ではない相談が対象です。
世界の緊急番号はどう始まった?

世界初は1937年ロンドンの999
一般の人が使う緊急番号として世界で最も古いのは、1937年6月30日にロンドンで始まったイギリスの999だとされます。きっかけは1935年11月にウィンポール街の住宅で起きた火事で、5人が亡くなりました。消防を呼ぼうとした近所の人が交換台で待たされ、その不満を新聞に投書したことが、専用番号づくりにつながったといわれています。
アメリカの911はアラバマの小さな町から
アメリカで最初の911通報は、1968年2月16日にアラバマ州ヘイリービルで行われました。市長室から州議会議員がかけた記念の1本を、警察署に置かれた真っ赤な電話で連邦議会議員が受けています。日本の110番より20年遅い出発でした。
ヨーロッパの112と、韓国・台湾の119
ヨーロッパの共通の緊急番号112は、1991年に採用されました。国境を越えて移動しても同じ番号で助けを呼べるようにするための取り決めです。日本が1年で手放した112という並びが、60年あまりのちにヨーロッパの共通番号になったのは面白い巡り合わせです。
119は日本の外でも使われています。韓国や台湾では消防・救急の番号で、中国でも119は消防です。一方でスリランカでは119が警察への通報番号になっており、同じ3桁でも行き先は国によって違います。
110番も119番も、いちばん速い番号として選ばれたわけではありませんでした。最速の111を避け、遠い0や9をわざわざ最後に置いています。慌てた人の指はすべる、という前提から逆算された3桁です。私たちが動揺したままでも正しくかけられるのは、番号のほうが私たちの冷静さを当てにしていないからなのでしょう。
参考
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