「一目置く」の一目は碁石ひとつ、では「駄目」の目はどこ?

言葉と論理の話
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「一目置く」の「一目」は、碁盤の上の一点を指す言葉です。実力に差のある二人が囲碁を打つとき、弱い側が先に盤へ石を置いてから勝負を始めます。その石ひとつぶんが「一目」で、相手の腕を認めて一歩譲るという今の意味は、ここから広がりました。

もう一方の「駄目」も、やはり碁盤の上の場所の名前です。白と黒の境にあって、どちらが打っても自分の地がひとつも増えない空いた交点。その一点が「駄目」で、やっても効果がないという意味の出どころになりました。二つの言葉は、同じ十九路の盤から別々に出てきた兄弟のようなものです。

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碁盤の上では「一目」も「駄目」も場所の名前

二つの言葉は、もともと碁盤の上の住所でした。どちらも抽象的な心の動きではなく、盤のどこかを名指しする言葉だったわけです。その住所と、辞典が挙げる古い用例の年代を並べておきます。

言葉碁盤の上で指すもの今の意味辞典が挙げる古い用例
一目置く弱い側が先に盤へ置く石ひとつぶんすぐれた相手に敬意を表して一歩譲る1839〜41年の人情本『閑情末摘花』
駄目どちらの地にもならない空いた交点効果がない/よくない/してはいけない1829〜42年の歌舞伎の台詞

置く側と、置く値のない場所。盤の上では正反対の扱いを受ける二つが、日常語では「敬意」と「むだ」に分かれていったわけです。

「一目」は碁盤のどこを指すのか

「一目」は、今のルールブックにもそのまま載っている言葉です。日本棋院が定める日本囲碁規約は平成元年に制定されたもので、用語の定義が条文の形で並んでいます。

規約は「地の一点」を一目と呼ぶ

規約の第八条は、盤上の空いた点を三段構えで分類しています。一方の活き石だけで囲んだ空点が「目」、目以外の空点が「駄目」。そして目のうち、セキ石ではない石が囲んでいるものが「地」です。

※ 活き石(いきいし)とは、相手に取られない石、または取られても新たに取られることのない石のことです(日本囲碁規約第七条)。

交点三百六十一のうち、片側だけが囲んだ空点が「目」

規約の第三条は盤そのものを決めています。縦横十九路、交点は三百六十一。この三百六十一の点のどこかを黒と白で囲い合うのが囲碁で、囲いきった空点が「目」になります。

つまり「目」は石そのものではなく、石が空けて残した穴のほうを指しています。盤に並ぶ石の数ではなく、石に包まれた空き地の広さを比べる競技だという設計が、ここに書かれているわけです。

コミの「6目半」も同じ単位

規約は続けて「地の一点を『一目』という」と書きます。地の広さを数える最小の単位が一目だということです。実力が同じ二人が打つ互先(たがいせん)では、先に打つ黒が有利な分を白へ渡す「コミ」を置きます。日本棋院の解説では、これが通常6目半とされています。

半目という端数は、引き分けを出さないための工夫です。交点に半分はありませんから、計算の上だけに存在する0.5目が、必ずどちらかに軍配を上げる役を負っています。

語源を説く辞典は「碁石一個」と書いている

ところが語源を説明する側の本は、少し違う言い方をしています。語源由来辞典が書くのは「一目は一個の碁石を意味する」。点ではなく石のほうを指した説明です。

規約の「点」と、語源辞典の「石」

どちらが正しいかを決める材料は、辞典の記述からは出てきません。ただ実際の場面を思い浮かべると、差は小さくなります。盤の一点に石をひとつ置く動作は、点を指しても石を指しても同じ風景だからです。

当の精選版日本国語大辞典も「弱い方が先に一目を置いて勝負する」という書き方で、点か石かをあえて切り分けていません。慣用句としては、その一点に石が乗る瞬間までがひとかたまりだと考えたほうが自然でしょう。

置き石の数え方は「子」

現在の囲碁では、ハンデとして先に置く石を「子(し)」で数えます。三つ置けば三子局、九つ置けば九子局という呼び方です。「目」は地の広さ、「子」は置いた石の数と、単位が役割で分かれています。

「一目置く」という言い方が残っているのは、この使い分けが固まる前の語感を慣用句が抱えこんだままだから、と見ることもできます。言葉は盤のルールほど律儀に更新されません。

ハンデの目安は一段級差で一子

実際のハンデは石を何個置くのか。日本棋院の案内は「通常は一段級差一子の置碁で対局します」と書いています。段や級がひとつ違えば石ひとつ、という換算です。

黒を持つのは下手、先に打つのは上手

置碁では下手(したて)が黒を持ち、盤に石を置いた状態から始まります。そして最初に打つのは上手(うわて)のほうです。先手という普段の有利が、ハンデと引き換えに相手へ渡る形になっています。

置き石を並べるのは盤の「星」と呼ばれる点で、置く順番も決められています。場所が固定されているので、ハンデの大きさは盤を見た瞬間に分かる仕組みです。

石が減っていくことが上達の目印

置き碁のおもしろいところは、強くなると自分の石が減る点です。九子だった相手に六子で勝てるようになれば、その三個ぶんが腕の伸びになります。日本棋院の案内も、置き石が減ることで上達が目に見えると説明しています。

上達の度合いを、減らした石の数で語れる競技はそう多くありません。「一目置く」の一目も、もともとはこの目に見える差のいちばん小さい単位でした。

「一目置く」のは強い側か、弱い側か

置くのは弱い側です。辞典の語義も置き碁の作法も、そこは一致しています。この向きを押さえておけば、慣用句の使いどころを外しにくいはずです。

辞典の語義は「敬意を表して一歩譲る」

精選版日本国語大辞典は「一目を置く」を二つの語義で立てています。ひとつは囲碁そのままの意味、もうひとつが「自分よりすぐれている者に対して、敬意を表して一歩譲る」という転義です。

主語になるのは譲る側

語義をよく読むと、文の主語は譲る側だと分かります。置くのは、譲られる人ではなく譲る人。碁盤の上で石を置くのが下手であることと、きれいに対応しています。

「一目置かれる」と受け身にしたときだけ、主語がすぐれている側へ移ります。能動と受け身で立場が入れ替わるのは、もとが勝負のハンデだったからこその性質でしょう。

相手を採点する響きも残っている

この言葉を目上の人へ向けて使うのは控えたほうがよい、と案内する解説もあります。「認めてあげる」という評価の位置に自分が立ってしまうからです。辞典はそこまで踏みこんでいませんので、断定はできません。

ただ語義の形を見れば、用心する理由は見当がつきます。「部長には一目置いています」と本人に言えば、褒めたつもりでも品定めの気配が残る。敬意を示す言葉でありながら、採点する立場から見下ろす響きも同時に抱えているわけです。

古い用例は二つ残っている

辞典が挙げる用例は、碁の場面に近いものと、すっかり比喩になったものが一本ずつです。両者のあいだには八十年ほどの間隔があります。

1839〜41年の人情本『閑情末摘花』

古いほうは「最初(しょて)から一目(イチモク)置(オイ)てかかれば、太助どのはそ」という一文です。人情本『閑情末摘花(かんじょうすえつむはな)』に出てきます。

「置いてかかれば」という言い方に、まだ勝負の手触りが残っています。最初から相手を上に見て臨めば、という構えの話です。

1919年の有島武郎『或る女』

新しいほうは「一座は事務長には一目置いてゐるらしく」という一文で、有島武郎『或る女』に出てきます。置いているのは一座の人々、置かれているのは事務長です。

大正期には碁の気配がもう薄く、集団が誰かを一段上に見る言い方として使われていました。盤から離れた比喩として定着するまでに、八十年ほどかかった計算になります。

碁の比喩が消えても向きだけは残った

今この言葉を使う人のほとんどは、碁盤を思い浮かべていません。それでも「弱い側が置く」という向きは、百八十年たっても崩れていません。盤の作法が、意味の骨組みとして残っているわけです。

「駄目」はなぜ「やってもむだ」の意味になったのか

打っても自分の地が一目も増えない場所だから、です。盤の上で最初から無収穫と決まっている一点の名前が、そのまま日常語へ持ち出されました。

どちらが打っても一目にもならない交点

日本棋院の入門解説は、駄目を「白黒どちらの陣地にもならない交点」と説明し、どちらが打っても一目にもならない場所だと書いています。打つ手そのものは合法で、得るものだけがない点です。

規約の定義は「目以外の空点」

条文の書き方はもっと素っ気ないものです。日本囲碁規約の第八条は、一方の活き石だけで囲んだ空点を「目」と決めたうえで、それ以外の空点をまとめて「駄目」と呼んでいます。

つまり駄目は、積極的に定義された場所ではありません。目でないものは全部こちら、という引き算で決まる残り物の集合です。名前の軽さは、この決め方の軽さと釣り合っています。

辞典の定義は「双方の地に属さない空点」

いっぽう精選版日本国語大辞典は、駄目を「石の周囲または相手の地との境界にあって、双方の地に属さない空点」と説明します。境界にある点という、場所のイメージを残した書き方です。

規約の引き算式の定義と、辞典の境目の定義は、同じものを別の角度から写したものと言えます。慣用句として広まったのは後者の感覚のほうでしょう。どちらの陣にも入れてもらえない、宙に浮いた一点という手触りです。

終局の前には駄目を詰める手順がある

得にならない場所なのに、対局の最後にはその駄目を埋めていきます。日本棋院の解説が挙げる手順は「終局の合意→手入れとダメ詰め→死に石の除去→整地→地の計算」の順。駄目を埋める工程が、数え始める前にきちんと入っています。

一目にもならない手を、それでも打つ

駄目を黒白で交互に埋めていくのは、境界をはっきりさせて数えやすくするためです。得点は増えませんが、この手順を省くと地の境目があいまいに残ります。得がないのに必要な作業という、不思議な一手です。

規約そのものには「駄目を詰めよ」という条文がありません。第九条が定めているのは、双方が着手を放棄したら対局停止になるという段取りだけ。そのうえで死活と地を確認して合意すれば終局です。ダメ詰めは、その合意にたどり着くための実務として行われています。

1829〜42年の歌舞伎に残る初出例

辞典が挙げる古い用例は、江戸後期の歌舞伎の台詞です。「碁を打ち果てて、ここは駄目、そこにも二目と言ふさへも」。打ち終えたあとに盤を数えている、まさにその場面にあたります。

ここでの「駄目」は比喩ではなく、盤上の一点をそのまま指しています。芝居の客席にいた人たちにとって、碁の数え方は説明なしで通じる共通語だったのでしょう。

語義は七つまで増えた

盤上の一点から始まった言葉は、今では辞典の見出しの中で枝分かれしています。精選版日本国語大辞典は「駄目」に七つの語義を立てています。

囲碁から芝居、そして不可能・禁止まで

辞典が並べる七つの語義は、次のとおりです。

  • ①囲碁用語としての駄目
  • ②「駄目押」の略
  • ③演劇で出す注意
  • ④行なっても効果のないこと
  • ⑤不可能なこと
  • ⑥よくない状態であること
  • ⑦してはいけないこと

盤の一点から禁止の言葉までが、この七段で一本につながっています。

「ここでタバコを吸ってはだめだ」と言うときの「だめ」も、系図をたどれば碁盤の空点にたどり着きます。どこにも属さない一点という性質が、禁止の語感とうまく噛み合ったのかもしれません。

駄目を抱えたまま生きている「セキ石」

規約には、駄目を持つ活き石を「セキ石」と呼ぶ規定もあります。生きてはいるけれど、囲んだ空点が地として数えられない石のことです。

取られないのに点にならない石という存在に、条文がきちんと席を与えている。駄目という言葉の守備範囲の広さが、ここからも見えてきます。

「ダメ出し」と「ダメ押し」は同じ駄目なのか

出どころは同じ駄目ですが、通ってきた道が違います。一方は碁盤から直接、もう一方は芝居の稽古場を経由して今の形になりました。

ダメ押しは文字どおり「駄目を押す」こと

デジタル大辞泉は「駄目押し」を「駄目を押すこと。念のためもう一度確かめておくこと」と説明します。終局前に駄目を埋めるあの作業が、そのまま言葉になった形です。

辞典は「駄目」の語義②に「駄目押の略」を立てる

こちらは精選版日本国語大辞典も裏づけていて、「駄目」の二番目の語義を「『駄目押』の略」としています。「ダメ押し」を縮めた「ダメ」という言い方まで、見出しの中に位置を持っているわけです。

勝敗はほぼ決まっているのに手を入れる、という構図は盤上と同じです。決着を動かさない一手が、かえって決着を確かなものにします。

野球の「ダメ押しのホームラン」

大辞泉はスポーツでの使い方も載せています。勝負がほとんど決まっている試合でさらに得点を加え、勝利を決定的にすること。「駄目押しのホームラン」が例に挙がっています。

6点差がついた試合の追加点は、勝敗表の上ではほとんど意味を持ちません。それでも打った側は安心し、打たれた側は力が抜けます。地にならない一手が心を動かすところまで、碁と似ているわけです。

ダメ出しは芝居の稽古場から来た

いっぽう「ダメ出し」のダメは、演劇の言葉です。精選版日本国語大辞典の語義③は「脚本、演出、演技などの悪い点についての注意」。初出例に挙がるのは1936年の「部屋へ皆集めて、ダメをいろいろ」という一文です。

昭和初期の稽古場に残る「ダメをいろいろ」

この用例では、「ダメ」が注意そのものを指す名詞として使われています。まだ「出す」も「食らう」も付いていません。「ダメ」だけで通じる業界語だったことがうかがえます。

大辞泉も、演劇の語義として「駄目が出る」という言い方を載せています。出す側ではなく出る側からの言い方が辞典に残っているのが、現場の言葉らしいところです。

注意は「下手」ではなく「そこは地にならない」

碁の駄目は、下手な手ではなく得にならない手でした。芝居のダメも、演技の善悪を罵るのではなく、そのままでは作品の得点にならない箇所を指す言葉だと考えると筋が通ります。

もっとも、この橋渡しの経緯を書き残した辞典の記述は見つかりません。碁の駄目と芝居のダメが同じ見出しの下に並んでいる、という事実までが確かなところです。

囲碁から出た言葉はほかにもあるのか

辞典で囲碁の語義が先に立っている言葉は、ほかにもいくつもあります。会議でも新聞でも使う顔をした言葉が、もとは盤上の一手だった。そんな例を並べてみましょう。

言葉囲碁での意味日常語での意味
布石序盤戦での要所への石の配置将来のために前もって整えておく備え
定石布石の段階で隅にできる決まった型物事に対する決まったやり方
岡目八目傍で見る者が八目ぶん得な手を見つける当事者より局外者のほうがよく分かる
結局碁を一番打ち終えること。終局いろいろあって落ち着いた最後
八百長碁の勝ち負けを手加減して調整する勝敗を前もって打ち合わせておくこと

布石と定石は、盤の上での段取り

「布石を打つ」「定石どおり」は、今ではビジネスの言い回しとして通っています。辞典が第一に置くのは、どちらも囲碁の語義のほうです。

定石の比喩は1739年にもう使われている

おもしろいのは用例の年代です。精選版日本国語大辞典が挙げる定石の用例に、1739年の『平仮名盛衰記(ひらかなせいすいき)』の「傾城買には紙子がじゃうせき」があります。遊里へ行くなら紙子の着物が定石、という意味です。

江戸中期にはもう、碁を離れたお決まりのやり方として使われていたことになります。ビジネス用語として新しく見える言い方の寿命は、三百年近くありました。

将棋では「定跡」と書き分ける

同じ「じょうせき」でも、石を使う囲碁では「定石」、駒を動かす将棋では「定跡」と書き分けます。石か、駒の足あとか、という違いです。

辞典の用例には「時々定跡(ヂャウセキ)にない事をやるんでね」という一文があり、跡の字が使われています。書き分けが用例のなかにも顔を出しているわけです。

岡目八目の「八目」は八手先ではない

傍から見ていると八手先まで読める、と覚えている人は多いかもしれません。辞典の説明は少し違います。

八目ぶん得をする冷静さ

ことわざを知る辞典は、「八目」を八手先ではなく、八目ぶん得をする冷静な判断の意としています。ここでの目は、地を数えるあの単位のほうです。

打っている当人は熱くなって間違え、横で見ている人は大局を見られる。その差を手数ではなく地の大きさで言い表したのが、八目という数字だとされます。

江戸初期の俳諧の参考書に載っている

この言葉は、江戸初期の俳諧の参考書『世話尽(せわつくし)』に囲碁用語として収められているとされます。夏目漱石『明暗』(1916年)や松本清張『風の息』(1974年)にも使われてきました。

「岡目」は傍らで見る目のことで、「傍目」とも書きます。観戦者を表す言葉が四字熟語の半分を占めているのが、この語の成り立ちをよく表しています。

「結局」はもともと碁を一番打ち終えること

いちばん意外なのはこれかもしれません。精選版日本国語大辞典は「結局」の第一の語義を「囲碁を一番打ち終えること。終局」としています。

1558〜70年頃の注釈書に残る説明文

初出例は『詩学大成抄(しがくたいせいしょう)』の「結局と云は、碁を打はててごばんをとりをさめた心ぞ」という一文です。室町末期の人が、この語をわざわざ碁で説明していたことが分かります。

碁を打ち終えて盤を片づける、そこまでが「結局」。局を結ぶという字面のとおりの意味でした。

今の意味は1807〜11年から

「物事の終わり。はて。結末」という語義の初出は『椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)』(1807〜11年)です。碁の意味から二百五十年ほど遅れて、今の使い方が辞典に載る形になりました。

「結局、だめだった」という一文には、二つの囲碁語が並んでいます。局を結んでも地にならなかった、と読み替えれば盤上の話にそのまま戻れます。

勝ち星を一勝一敗に調整した八百屋の長兵衛

囲碁由来の言葉でいちばん意外な行き先は、相撲の世界かもしれません。「八百長」は碁の勝負を手加減した男の通称から来たとされています。

相撲会所に出入りしていた八百屋

精選版日本国語大辞典の説明はこうです。八百屋の長兵衛、通称八百長という人が、ある相撲の年寄とよく碁を打った。勝てる腕前を持ちながら巧みにあしらい、常に一勝一敗になるように手加減した、というところから来た言葉とされます。

デジタル大辞泉も同じ筋で説明しています。どちらの辞典も「〜からという」という書き方で、説として扱っているのが読み取れるでしょう。

1906年の新聞に載った新語

用例として挙がっているのは、明治39年(1906年)4月5日の万朝報(よろずちょうほう)と、田岡嶺雲(たおかれいうん)『明治叛臣伝』(1909年)です。明治の終わりごろには、新聞が説明なしで使える言葉になっていました。

一勝一敗に揃えるという手加減は、負けてやるよりも難しいものです。勝てる腕があってはじめて成り立つ接待で、そこに長兵衛の腕前が要ったのでしょう。

相撲の言葉なのに、出どころは碁盤の上

今「八百長」と聞けば、多くの人は土俵や球場を思い浮かべます。語源の舞台は碁盤のほうで、土俵は言葉を借りた側でした。

一目置き、駄目を詰め、結局をむかえる。碁の言葉は日本語のあちこちに散らばっていて、八百長はそのなかでもいちばん遠くまで旅をした一語です。

十九路の盤にある三百六十一の点は、地になる「目」と、どちらの地にもならない「駄目」に分かれます。その一点へ石を置く動作は敬意の言葉になり、置いても何も生まない点は禁止の言葉にまでなりました。碁盤の駄目は、どれだけ打っても地になりません。それでも言葉としての「駄目」のほうは、日本語のなかにずいぶん広い地を取ったことになります。

参考

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