年中行事

歴史と変遷の話

お年玉はなぜ子どもがもらうのか、江戸の年玉は貝杓子や鼠半紙

お年玉のもとは、お金ではなく餅でした。正月に年神(としがみ)を迎えるため、家々は餅を供えます。その餅を家長が下ろして家族に分け与えたもの。それが年玉のはじまりだと考えられています。配るのが大人で、受け取るのが子どもなのにも理由があります。年...
歴史と変遷の話

門松の主役は松か竹か、玄関の前に立てるのはどうして?

門松は、正月に家を訪れるとされる年神(としがみ)を迎えるための目印です。玄関の前という場所が選ばれたのは、そこが家の内と外の境にあたるからでした。松と竹のどちらが主役かは、時代によって入れ替わっています。古いのは松のほうで、竹が添えられるよ...
歴史と変遷の話

端午の節句の主役は菖蒲だった、なぜ五月五日に決まったのか

端午の節句は、もともと菖蒲(しょうぶ)で厄を払う日でした。兜も武者人形も空を泳ぐ鯉も、ずっとあとから加わった飾りです。主役は軒に挿す一束の草で、香りの強さこそが行事の中心にありました。では、なぜ五月五日なのでしょうか。「端」は「はじめ」、「...
歴史と変遷の話

還暦はなぜ60歳なのか、赤いちゃんちゃんこは子どもの防寒着

還暦は、十干(じっかん)と十二支(じゅうにし)を組み合わせた六十通りの暦がひと回りして、生まれた年と同じ干支(えと)に戻る節目です。辞典はこれを数え年六十一歳の異称として載せています。いま祝われているのは、たいてい満六十歳のほうです。赤いち...
社会と仕組みの話

祝日と祭日は何が違うのか——祭日は廃止され、日付が残った

祭日という区分は、法律の上では1948年になくなっています。いまカレンダーが赤くしている日は、すべて「国民の祝日」です。それでも「祝祭日」という言い方は生き残り、辞書にも項目として載り続けています。消えたのは呼び名のほうで、日付のかなりの部...
歴史と変遷の話

こいのぼりはなぜ家族構成になったのか——江戸は黒い鯉一匹

江戸の町で最初に揚がったこいのぼりは、黒い鯉が一匹きりでした。お父さんもお母さんも子どもたちもいません。竿の先で、真鯉が一匹だけ泳いでいたのです。いま見慣れている三匹・四匹そろった姿は、そこから二百年ほどかけて少しずつ足されていったものです...
歴史と変遷の話

神輿には何が乗っているのか——祭りのあいだだけ神が宿る

神輿(みこし)に神様が乗っているのは、祭りのあいだだけです。浅草神社の三社祭は「本社神輿神霊入れの儀」で始まり、「本社神輿御霊返しの儀」で幕を閉じます。乗っていただき、済んだらお返しする。この往復のためにある道具が神輿です。保管しておく箱で...
社会と仕組みの話

年賀状はなぜ元日に届くのか——年末に預かって止めている

元日の朝に届く年賀状は、たいてい十二月のうちに出されたものです。ポストに入れてから元日まで、はがきは郵便局に預かられたまま止まっています。郵便は一日でも早く届けるための仕組みです。その中で年賀状だけが、わざと止めて、決まった日にそろえて配ら...
歴史と変遷の話

花火大会はなぜ夏に多いのか——江戸の涼み舟の商い

隅田川の花火は、享保の飢饉とコレラで亡くなった人を弔うために始まった——よく語られるこの説明は、明治から昭和にかけての四十年ほどのあいだに組み上がったものです。コレラが日本で最初に流行したのは1822年(文政5年)で、起源とされる1732年...