元日の朝に届く年賀状は、たいてい年末のうちに出されたものです。郵便局は年末に受け付けた年賀状を区分したまま預かり、1月1日の朝にまとめて配ります。この「年賀郵便の特別取扱」が始まったのは1899年。年賀状が増えすぎて年末の郵便が回らなくなった明治の郵便局が、山を年内と元日に割るために考えた仕組みでした。
元日に届くのは、郵便局が預かっているから

年賀状が元日にそろって届くのは、配達が特別に速いからではありません。決まった期間に受け付けたはがきを郵便局が年内は動かさず、元日の朝に一斉に配るからです。
受付が始まる日は決まっている
2026年用までの年賀状は、前の年の12月15日から年賀状として引き受けられていました。日本郵便は2027年用からこの開始日を12月20日へ繰り下げると、2026年8月31日に発表しています。開始日より前、つまり12月19日以前にポストへ入れた年賀状は普通の郵便と同じ日数で運ばれ、年内に相手へ届いてしまうと案内されています。
※ 年賀郵便の特別取扱とは、年末の決まった期間に差し出された年賀状を郵便局が預かり、1月1日にまとめて配達する仕組みのことです。受付の開始日や差し出しの目安は年ごとに案内されます。
12月25日は「元日の束」に間に合う目安
元日に届けたいなら12月25日までに、というのが2026年用の呼びかけでした。2027年用ではこの目安も12月27日へ2日延びています。どちらも受付の締切ではありません。元日に配る束へ積み込むための目安で、過ぎてから出した年賀状も受け付けられ、年が明けてから順に配られます。
普通の郵便とは仕事の向きが逆
普通のはがきは、出した翌日か翌々日には相手に届きます。速く運ぶほど良い仕事です。年賀状はここが反転し、受付初日に出したはがきは十日ほど区分棚で出番を待ちます。急がないことが求められる郵便は、一年のうちでこの時期だけです。
1月2日は配達がない
元日のあとの配達日は、時代によって変わってきました。1月2日の配達は1973年から2004年まで休みで、2005年に再開されたあと、2017年から再び休みになっています。2027年は1月3日が日曜日にあたりますが、日本郵便は年賀状を含めて配達すると発表しました。
年賀状かどうかは何で見分ける?

郵便局が年賀状を元日まで止めておく束へ回すときの目印は、はがきに書かれた「年賀」の二文字です。元日に届くか年内に届くかは、この表示のあるなしで決まる仕組みです。
年賀はがきには「年賀」が刷られている
郵便局で売っている年賀はがきには、切手にあたる料額印面の下に「年賀」の文字が印刷されています。この表示を見た郵便局は、普通の郵便とは別の流れへ回します。何十億枚という年賀状を仕分けてきた目印は、この小さな二文字でした。
私製はがきは赤い字で「年賀」と書く
写真店で作ったはがきや手作りのカードで出すときは、切手を貼り、その下に赤い字で「年賀」と書き添えます。書き忘れると一般の郵便物として扱われ、暮れのうちに相手へ届いてしまう場合があります。正月の写真入りのはがきが12月中に届いてしまうのは、たいていこの書き忘れです。
年内に届けたいときは二重線で消す
年賀はがきを懸賞の応募などに使い、元日を待たずに届けたいときは逆の手順を踏みます。印面の下の「年賀」の文字を二重線などで消して出すよう、日本郵便は案内しています。表示を消せば、普通のはがきとして速く運ばれるわけです。
なぜ年賀状だけ止めるようになった?

止めて配る仕組みは、正月の風情のために作られたものではありません。年末に年賀状が押し寄せて郵便全体が遅れたため、年賀状だけを別の流れに逃がした。それが特別取扱の出発点です。
はがきの登場で、誰でも出せるものになった
日本の近代郵便は1871年(明治4年)に始まり、1873年には郵便はがきが発行されます。安く手軽に送れる紙が現れたことで、それまで一部の人の作法だった年始の書状は、誰でも出せる挨拶へ広がりました。1887年ごろには年賀状を出すことが年末年始の行事として定着し、郵便局に年賀状が集中するようになったとされます。
年末の郵便が詰まり、商売の手紙まで遅れた
年賀状が年末から正月に集中すると、ほかの郵便まで遅れるようになりました。年の瀬は商売の連絡も多い時期で、遅配は暮らしに直接響きます。1890年には、1月1日からの3日間は集配の回数を減らすという対応まで取られました。困っていたのは郵便局のほうだったのです。
1899年、預かって元日に配る仕組みが始まった
1899年(明治32年)、指定された郵便局で年賀郵便の特別取扱が始まります。12月20日から30日までに持ち込めば「1月1日」の消印を押し、元日以降に配達するという仕組みでした。仕事の山を、受付は年内・配達は元日の二つに割って平らにならす工夫です。当時は受付局と配達局で消印が二つ押されていたため、日付をそろえる手当ても必要だったとされます。
ポストに入れられるようになって4億通

特別取扱は数年かけて全国へ広がり、出し方の手間も減っていきました。混雑をさばくための制度が、結果として年賀状の数をさらに押し上げます。
1900年には私製はがきも使えるように
翌1900年には全国の郵便局で必要に応じて実施され、同じ年に私製はがきの使用も認められました。自分で絵柄を選べるようになったことで、年賀状の図案は一気ににぎやかになったと郵政博物館は紹介しています。1905年には、全国の郵便局で完全に実施されるところまで来ました。
窓口へ行かなくてよくなった1907年
始まった当初、年賀状は郵便局へ持ち込む必要がありました。1907年に郵便ポストへの投函が認められると、その手間が消えます。この年の年賀はがきは4億通を超え、年賀状ブームとも呼べる時代に入ったとされます。出しやすさが、そのまま枚数になって表れました。
戦争で一度なくなった特別取扱

元日にそろって届く仕組みは、昭和の戦争の時期に一度途切れています。いまの形は、戦後に復活したものの続きです。
年賀切手が止まり、1941年に廃止
1935年に登場した年賀切手は、1938年で発行が止まります。1941年には物資を節約するという理由で、年賀状の特別取扱そのものが廃止されました。元日にまとめて届くという正月の風景は、ここでいったん消えています。
1948年12月15日に戻ってきた
特別取扱と年賀切手の発行が再開されたのは、戦後の1948年12月15日です。2026年用まで受付の開始日だった12月15日と、同じ日付です。2027年用で開始日が12月20日へ移るのは、出す人が年末ぎりぎりに書くようになった傾向に合わせたものだと日本郵便は説明しています。
もとは年始回りの代わりだった

郵便が生まれるずっと前から、正月の挨拶を手紙で送る習慣はありました。もともとは新年に相手の家を回る年始回りが本体で、出向けない相手にだけ書状を送ったとされます。
平安の手紙の手本は正月から始まる
平安時代の後期には、年始の挨拶を手紙で交わしていたことが当時の手紙の文例集から分かります。藤原明衡(ふじわらのあきひら)が編んだとされる『雲州消息(うんしゅうしょうそく)』は、そうした文例集の一つです。200通あまりの手紙が正月から12月まで月の順に並び、冒頭は正月の挨拶です。年始の手紙をどう書くかには、千年近く前から手本がありました。
※ 往来物(おうらいもの)とは、手紙のやりとりの形で書かれた教科書のことです。文例を写しながら文字と作法を覚える教材として、江戸時代まで使われ続けました。
江戸の年始状は飛脚が運んだ
江戸時代になると、年始の書状は飛脚や使用人の手で運ばれるようになります。1740年の『書札重宝記(しょさつちょうほうき)』は、年始の書状に使う言葉として「改年」「新春」「初春」「御慶」などを挙げています。いまの賀詞に通じる言葉が、この時点でもう並んでいました。
年頭には暦の刷り物を配り合った
江戸の中ごろからは、大小暦(だいしょうごよみ)の摺物(すりもの)を年頭に交換する風習もはやりました。旧暦では月ごとに30日の大の月と29日の小の月があり、その並びが毎年変わります。それを絵柄の中に隠して刷り、新年に配り合ったのです。紙で挨拶を届ける習慣は、郵便より百年以上早く根を張っていました。
会いに行ける相手にも出すようになった
訪ねられる相手には足を運び、訪ねられない相手には書く。これが本来の使い分けだったとされます。はがき一枚で済むようになると、近所の相手にも出すようになり、訪問の代わりという理由は薄れていきました。代わりに残ったのが「毎年出している相手だから」という理由です。年賀状じまいに踏み切りにくいのは、この理由のほうが強く効いているからかもしれません。
お年玉くじを考えたのは誰?

戦後の年賀状を立て直したお年玉くじは、役所の企画ではありません。大阪で洋品雑貨の会社を営んでいた民間人が持ち込んだ案でした。
京都の林正治が郵政省へ持ち込んだ
発案者は京都に住んでいた林正治(1909〜1990年)です。戦後の混乱で途絶えた人の消息が、年賀状のやりとりで分かればという思いがきっかけだったとされます。くじと寄付金を付ける案を郵政大臣らに直談判し、一度は「時期尚早」と退けられました。それでも粘って交渉を続け、1949年の暮れに採用されています。
1949年12月1日発売、初年度は売れ残った
お年玉付郵便はがきは1949年12月1日、1950年用として発売されました。初年度は売れ行きが伸びず、林は土地を売ってまで売れ残りを買い取ったと、息子が語っています。のちに年40億枚を超える商品になることを思うと、危ういところから始まったことになります。
最初の特等はミシン
最初の抽選で用意されたおもな賞品は、次のとおりでした。
- 特等……ミシン
- 1等……純毛の洋服地
- 2等……学童用のグラブ
- 3等……学童用のこうもり傘
縫うための機械、服になる生地、子どもの持ち物。何が欲しかった時代なのかが、そのまま並んでいます。末等が切手シートだった点は、いまも変わりません。
賞品には法律で上限がある
お年玉付きのはがきは法律に根拠を持つ商品で、賞品の価額は郵便料金の5,000倍までと定められています。はがきが85円の今なら42万5,000円が上限の計算です。2027年用の1等は「現金30万円」と発表されました。当たりくじの時効は6か月とされています。
※ お年玉付郵便葉書等に関する法律とは、くじ付きのはがきや切手を発行するための法律です。くじの実施や賞品の上限、寄付金の扱いなどが定められています。
44億枚から5億枚台へ

年賀はがきの発行枚数は、ピークの8分の1ほどまで減りました。減り方はここ数年で一段と速くなっています。
ピークは2003年用の44億枚
お年玉付郵便はがきの発行枚数がもっとも多かったのは2003年用で、44億5,936万枚とされます。日本の人口でならせば、一人あたり35枚ほどの計算です。2017年用でもまだ約31億枚が発行されていました。
2027年用は5億5,593万枚
当初の発行枚数で比べると、2026年用は約7.5億枚で、前年の約10.7億枚の7割ほどでした。2027年用はさらに減って5億5,593万枚と発表され、報道によれば前年比25.7%減、減少は16年続いています。2年前と比べると、ほぼ半分です。
元日に届く数は一人3通
元日に配られた年賀郵便物は、2024年に約7億4,300万通ありました。2025年は4億9,100万通(前年比66.0%)、2026年は3億6,300万通(同74.0%)と、2年で半分を割っています。日本郵便の速報は、2026年の数を一人あたり約3通と添えています。
85円への値上げと年賀状じまい
2024年10月の料金改定で、年賀はがきは63円から85円になりました。100枚出せば2,200円の差です。帝国データバンクが2025年12月に1,205社へ聞いた調査では、すでに年賀状じまいをした企業が58.1%と、前の年の49.4%から半数を超えました。2026年1月分を送った企業は29.1%にとどまっています。
豆知識:賀詞の字数と句読点、元旦

届け方の話から離れて、書く側の作法も少しだけ。年賀状のマナーには、理由がはっきりしているものと、後から付いた説明とが混じっています。
四文字が正式で、二文字は略式
年賀状の冒頭に置く言葉を賀詞(がし)と呼びます。字数によって扱いが変わるとされ、目上の相手には敬いの一字を含む四文字を使うのが正式とされてきました。
| 字数 | 例 | 意味と扱い |
|---|---|---|
| 一文字 | 寿・福・賀 | めでたさを表すだけ。目上には向かないとされる |
| 二文字 | 賀正・迎春 | 正月を祝う、新春を迎える。敬いの語が省かれた略式 |
| 四文字 | 謹賀新年・恭賀新年 | 謹んで新年を祝う。目上へ出すときの正式な形 |
| 文章 | あけましておめでとうございます | 相手を選ばず使える丁寧な言い方 |
「謹賀新年」の謹、「恭賀新年(きょうがしんねん)」の恭は、どちらも相手を敬う一字です。この一字を省いたのが二文字の「賀正」だと考えると、略式とされる理由が見えてきます。
句読点を打たない理由は一つではない
年賀状に句読点を打たない習慣には、いくつもの説明が並んでいます。
- 区切りや終わりを連想させ、縁起が悪いから
- 毛筆で書いていた時代の文章に、もともと句読点がなかったから
- 句読点は読みやすさのために広まったもので、目上に使うと相手を子ども扱いすることになるから
どれも「とされる」の域を出ません。守っている人が多い作法ほど、由来のほうは曖昧なままだったりします。
元旦は元日の朝
「元旦」の旦は、地平線から日が昇るさまを表す字だと説明されます。そこから元旦は1月1日の朝を指し、元日は一日全体を指すというのが通説です。日付を書き添えるなら「令和◯年 元旦」までにして、「一月一日 元旦」と重ねないほうが無難でしょう。元日の朝に配られる年賀状と「元旦」の字は、ちょうど同じ時間を指していることになります。
元日の朝に郵便受けへ落ちてくる一束は、年末の区分棚で静かに出番を待っていたはがきです。受け取る側に、その待ち時間は見えません。差出人の顔だけが見えるように届ける段取りまで含めて、この百二十年余りの仕組みは組み立てられてきました。
参考
- 郵政博物館「年賀状」
- 日本郵便「2027(令和9)年用年賀はがきなどの発行および販売」2026年8月31日
- 日本郵便「2026(令和8)年年賀郵便物元日配達物数」2026年1月1日
- 帝国データバンク「企業の『年賀状じまい』半数を超える」(財経新聞掲載のリリース)
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