火災報知器が鳴っても「点検だろう」と座ったままでいる。正常性バイアスとは、このように異常な事態を「普通の範囲」と受け止め、危険を小さく見積もってしまう心の働きです。誰にでも備わっていて、災害のときは警報や避難の呼びかけを軽く見る原因になります。逃げ遅れを防ぐ決め手は、その場の気合いではなく「どうなったら動くか」を前もって決めておくことです。
正常性バイアスはどんな心の働き?

火災報知器が鳴っても動かない理由
東北大学災害科学国際研究所の邑本俊亮(むらもと・としあき)教授は、教室で火災報知器が鳴った場面をたとえに挙げています。多くの人は「何かの間違いでは」「検査でもしているのだろう」と考え、すぐには逃げません。鳴ったという事実を非常事態としてではなく、ふだんの生活の延長として受け取ってしまうのです。
「正常化の偏見」という別名
この心理は「正常化の偏見」とも呼ばれます。内閣府の広報誌で、群馬大学の片田敏孝教授(当時)は、人は自分に都合の悪い情報を無視しやすいと説明しています。同じ情報でも、悪い内容は小さく、良い内容は大きく受け止めがちだというのです。名前は難しそうですが、中身はごく身近な心のクセといえます。
ふだんは心を守る役目
正常性バイアスは、本来は悪者ではありません。物音や小さな体調の変化など、日常のわずかな異変にいちいちおびえていたら、心が持ちません。多少のことは受け流して平静を保つ。その働きが暮らしを支えているのです。ところが災害のときには、この同じ仕組みが逃げるべき場面でブレーキになってしまいます。
「自分だけは大丈夫」と思う楽観主義バイアス

被災後によく聞く「まさか自分が」
人には、自分の将来を楽観的に考える傾向があります。ほかの地域が被災しても、なぜか自分のところだけは大丈夫だと感じてしまう。これが「楽観主義バイアス」です。被災した人からよく聞かれる「まさか自分のところが被害にあうとは」という言葉は、この心理をそのまま表しています。
交通事故と宝くじのたとえ
片田教授のたとえは分かりやすいものです。1年間に交通事故で6,000人が亡くなると聞いても、自分がその1人になるとは思いにくい。ところが1等1億円が6,000人に当たる宝くじだと聞くと、なんとなく当たる気がしてくる。同じ「6,000人」でも、悪い話と良い話で受け止め方がまるで違うのです。
今は広く正常性バイアスと呼ばれる
心理学では「普通の範囲だと思う」正常性バイアスと「自分は被害にあわない」楽観主義バイアスを分けて考えてきました。ただ邑本教授によると、最近は災害で被災するリスクを低く見積もる傾向全体を、楽観主義バイアスも含めて広く「正常性バイアス」と呼ぶことが多くなっています。「自分は大丈夫」という感覚は、その代表的な姿です。
「前回は大丈夫だった」が判断をゆがめる

都合のよい証拠ばかり集める確証バイアス
いったん「大丈夫」と思うと、人はその考えを支える証拠を探し、反対の証拠は見落としがちになります。これが「確証バイアス」です。「前回も警報が出たけれど何もなかった」と、記憶に新しい例を持ち出して判断することもあります。思い出しやすい情報に頼るこの考え方の名前は「利用可能性ヒューリスティック」。
※ ヒューリスティックとは、じっくり考えずに経験や直感で素早く答えを出す、頭の近道のことです。速い反面、判断を誤ることもあります。
空振りが続くとオオカミ少年効果
警報が出ても被害のない「空振り」が続くと、警報そのものが信用されなくなります。「どうせ今回も外れる」と受け流してしまう状態で、「オオカミ少年効果」と呼ばれます。警報を出す側にとっても悩ましい問題です。外れを恐れて出し控えれば、本当に危ないときに間に合わなくなるからです。
防潮堤やハザードマップへの頼りすぎ
「この地域には昔から津波は来ない」という言い伝えや「あの防潮堤があるから」という安心感も、大丈夫だという思いを強めます。片田教授は、ハザードマップで「浸水1m」とされた地区の住民が「自力で何とかなる」と考えて避難が遅れるおそれを指摘しています。実際の水の深さが地図のとおりになるとは限りません。
周りが逃げないと、なぜ自分も動けない?

人に合わせる集団同調性バイアス
どうすべきか自分で判断がつかないとき、人は周りの様子を基準にして行動をそろえようとします。これが「集団同調性バイアス」です。周囲の人数が多いほど、この傾向は強まるとされています。「近所が避難しないから自分もしない」「ほかの人が家に戻るなら自分も戻る」といった判断が、悲劇につながることもあるのです。
地域ぐるみの「安心のネットワーク」
片田教授は、この心理が地域全体に広がる怖さを「安心のネットワーク」と表現しています。隣の家も逃げていないとお互いに思い合うことで、誰も動かない状態ができあがるのです。一人ひとりは「みんなと同じ」で安心していても、結果として地域ごと逃げ遅れる可能性があります。
東日本大震災の証言に残る「まさか」

津波の広報を聞いても緊迫感がなかった
邑本教授は、東日本大震災の体験談を集めた2冊の本から、地震直後の人々の受け止め方を拾い出しています。消防団の車から大きな津波が来ると広報されても、まったく緊迫感がなかったという人がいました。1年前に警報で避難したのに津波が来なかった経験から、ここまでは来ないと油断していた人もいます。
逃げるつもりが片付けを手伝っていた
なかには「さあ逃げるぞ」と思って家に帰ったのに、片付けをしている家族を見て、手伝いを始めてしまった人もいました。3メートルくらいの津波なら防波堤で防げると考え、ずれた家具を戻していた人もいます。どの証言にも、異常な揺れのあとで日常の作業に戻ろうとする心の動きが表れています。
逃げ遅れはどれくらい起きている?

平成30年7月豪雨の避難は約0.5%
2018年の平成30年7月豪雨(西日本豪雨)では、死者・行方不明者が200人を超えました。令和元年版の防災白書によると、避難勧告などの対象になった人のうち、避難所へ避難した人の割合は約0.5%程度でした。死者が100人を超える豪雨災害は、1983年の豪雨以来のことです。
避難勧告でも身の危険を感じない人が5割強
2008年の内閣府の広報誌は、避難勧告が出ても身の危険を意識しない人が5割強いるという調査を紹介しています。被害にあった人の多くは「逃げようと思った」と振り返るそうです。けれども最後の決断をしなければ、結果は「逃げていない」のと変わりません。家財を残して家を離れる避難は、それだけ腰が重い行動なのです。
早く逃げれば死者は約2割まで減る試算
逆にいえば、早めの避難にはそれだけ大きな力があるということ。内閣府の広報誌(2015年)によると、南海トラフ地震の津波による死者は最大で約23万人と想定されています。一人ひとりが素早く高い場所へ避難すれば、その数は約4.6万人と約2割にまで減らせるという試算です。
何が「危険スイッチ」を入れる?

目の前の異変では手遅れのことも
危険を小さく見ていた人も、本当に危険が迫れば頭のスイッチが「日常」から「非日常」へ切り替わります。邑本教授はこれを「危険スイッチ」と呼んでいます。真っ黒な津波が見えた、扉を開けたら水が入ってきた。こうした異変はスイッチを確実に押しますが、その時点では間に合わないことも少なくありません。
強い口調の声がけが背中を押す
もう一つのきっかけが、人からの声がけです。震災の証言には、片付けを続けていて「命が大事だから」と強く言われ、ようやく避難を始めた人がいました。だからこそ家族や近所の結びつきが大切になります。危険を感じていない相手には、ふだんと違う緊急事態だとはっきり伝わる言い方が要ります。
大洗町の命令調の防災無線
東日本大震災のとき、茨城県大洗町は防災行政無線で「緊急避難命令」「大至急、高台に避難せよ」と命令調で呼びかけました。緊迫感を伝えるための町長の判断だったそうです。住民は「初めて聞く放送だ、ただ事ではない」と感じて高台へ向かったといいます。言葉の選び方ひとつで、スイッチの入り方が変わる例です。
逃げ遅れないために、前もって何ができる?

「動く条件」と行き先を決めておく
誰にでもある心のクセなので、その場の気合いでは消せません。大切なのは、危機の最中に迷わなくて済むよう、判断を前もって済ませておくことです。どの情報が出たら家を出るか、どこへ逃げるか、家族とどう連絡を取るか。落ち着いているうちに決めておけば、とっさの判断を心のクセに任せずに済みます。
釜石の子どもたちが守った避難三原則
岩手県釜石市では2005年から片田教授を招いて防災教育を続けてきました。東日本大震災で市内の児童・生徒の多くが無事だった背景として、内閣府は片田教授の「津波避難の三原則」を挙げています。「想定にとらわれるな」「最善をつくせ」「率先避難者たれ」の3つです。
とくに一つ目が重要だとされます。ハザードマップの警戒区域はあくまで予想にすぎず、「区域の外だから安全」とは限らないからです。
最初に逃げる一人になる
三原則の三つ目「率先避難者たれ」は、集団同調性バイアスを逆手に取る考え方です。周りに合わせてしまうのが人の性質なら、誰かが先に動けば周りもつられて動きます。片田教授は、「私は逃げるぞ」と声に出して避難する人が地域に1人は必要だと話しています。最初の一人になることは、自分だけでなく周りの命も守る行動です。
空振りを「無駄足」と考えない
避難したのに何も起きなかったとき、それを損だと感じるとオオカミ少年効果が強まります。何もなかったのは幸運だったと受け止め、次も同じように動く。この割り切りが、空振りの多い警報と付き合うコツです。「大げさかな」と思うくらいの早さで動いて、ちょうどよいといえます。
災害以外の場面にもある「大丈夫」

受診や再検査の先延ばし
「普通の範囲だと思いたい」心理は、災害以外の場面にも顔を出します。体に気になる変化があっても「疲れのせいだろう」と受診を後回しにする。健康診断の再検査の通知を、そのまま引き出しにしまってしまう。どれも「自分はきっと大丈夫」という感覚の表れです。気になる症状が続くときは、早めに医師に相談するのが安心です。
詐欺の「自分は引っかからない」
詐欺やトラブルでも同じ油断が生まれます。「自分はだまされるはずがない」と思い込むほど、あやしい話を冷静に疑う目が鈍りがちです。災害のときと同じく、「この場合はこうする」と決めておくのが効きます。たとえば、お金の話が出たら一度電話を切って家族に確かめる、といった具合です。
内開きのドアを押し続けた火災の教訓

1976年、沼津の酒場で起きたこと
危険スイッチが入ったあとにも、別の落とし穴があります。1976年12月、静岡県沼津市の酒場で火災が起き、非常口の近くで15人が重なるように亡くなりました。非常口のドアを押し続けたとみられていますが、ドアは内開きでした。ふだんなら「押してだめなら引く」ができても、焦りの中ではそれができなくなるのです。
焦ると注意の範囲が狭くなる
邑本教授は、緊急時には注意の向く範囲が狭くなると説明しています。よく知られた実験では、バスケットボールのパスを数えている人の多くが、画面を横切る着ぐるみのゴリラに気づきませんでした。時間に追われると、直感に頼った判断も増えます。だからこそ、迷わず体が動くように行動を前もって決めておくことが効いてくるのです。
正常性バイアスは、心を守るための働きが非常時に裏目に出たものでした。なくすことはできなくても、「今の自分は大丈夫だと思いたがっている」と気づくことはできます。そう気づいた瞬間こそ、動く合図にしたいところです。
参考
- 邑本俊亮「災害時の人間の心理」(消防防災の科学 No.139、2020年)
- 内閣府 防災情報のページ「特集 風水害の危険! そのとき、あなたは?」
- 内閣府 広報誌「ぼうさい」第80号「特集 津波防災の推進について」
- 内閣府「令和元年版 防災白書」平成30年7月豪雨を踏まえた政府の避難対策の検討経緯
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