蝶と蛾は何が違うのか、生物学の線引きと見分けるコツ

アゲハチョウとオオスカシバのイラスト 生きものの話
スポンサーリンク

蝶と蛾のあいだに、生物学上のはっきりした境目はありません。どちらも同じ「チョウ目(鱗翅目)」の昆虫で、蝶は蛾の大きな系統の中から分かれた昼行性の一群と考えられています。それでも見分けの目安はあり、比較的当てになるのは触角の先の形と、翅(はね)をつなぐ小さなとげの有無です。とまり方や昼夜の違いは、例外の多い「傾向」として読むのが安全でしょう。

スポンサーリンク

蝶も蛾も同じ「チョウ目」の昆虫

大きな蛾ヨナグニサン

分類の上では、蝶と蛾は一つのグループにまとめられています。違いを探す前に押さえておきたいのは、両者の共通点と系統の関係です。

鱗粉におおわれた翅が共通点

蝶も蛾も、翅の表面が粉のように細かい鱗粉(りんぷん)でびっしりおおわれています。蝶をつまむと指に粉がつきますが、蛾でもまったく同じこと。多くの種で口がストローのように巻いた形をしている点や、幼虫が芋虫・毛虫の姿で育つ点もそろっています。

※ 鱗翅目(りんしもく)とは、蝶や蛾がふくまれる昆虫のグループの名前です。「チョウ目」とも呼ばれます。翅が鱗粉でおおわれていることが名前の由来です。

「チョウ亜目・ガ亜目」の分け方はもう使われない

かつては鱗翅目を「チョウ亜目」と「ガ亜目」の二つに分ける考え方がありました。しかし世界大百科事典によれば、この二分には学問的な根拠がないとされ、現在は用いられていません。蝶と蛾を対等な二大グループとして並べる見方そのものを、分類学はすでに手放しているのです。

蝶は「昼に飛ぶ蛾」の一系統

2019年、フロリダ自然史博物館の研究者らが米国科学アカデミー紀要(PNAS)に大規模な系統解析を発表しました。そこでは蝶が、蛾の大きなまとまりの内側に収まる一本の枝として位置づけられています。共通の祖先はおよそ3億年前、蝶が現れたのはおよそ1億年前。研究を紹介した同館の記事は、研究を率いたアキト・カワハラ氏の見方として、蝶を「昼に飛ぶ蛾にすぎない」と伝えています。

種の数はどちらが多い?

ピンクと黄色のあざやかな蛾のイラスト

「蝶と蛾」と並べて呼ぶと同じくらいの勢力に聞こえますが、数の上では蛾が圧倒的な主役です。挙げられる合計には幅がありますが、比率で見ると傾向ははっきりしています。

鱗翅目は世界で約16万種

フロリダ自然史博物館は、名前のついた蝶と蛾をあわせて16万種近くと紹介しています。日本大百科全書(ニッポニカ)によると、そのうち蝶は約1万5000種。蝶は全体の1割前後にとどまり、残りの9割ほどがすべて蛾という計算になります。

数え方で合計は大きく変わる

同じニッポニカの項目は、学名のついた鱗翅目を30万種くらいと見積もっています。16万種近くと比べると、倍近い開きです。同じ種に別々の名前がついた例をどう数えるか、未確認の名前をふくめるかで合計が大きく動くためでしょう。それでも「蝶は全体の1割前後」という比率は、どちらの数字でもおおむね変わりません。

日本でも蛾は蝶の20倍ほど

身近な地域で数えると、差はさらに開きます。世界大百科事典は日本産の蛾を4500種とし、蝶はその20分の1くらいしかないと説明しています。ニッポニカも、一つの地域にすむ蛾の種数は蝶の20倍から30倍が普通だという立場です。庭や公園で見かける「名前の分からない地味な虫」の多くは、蛾なのかもしれません。

いちばん当てになる見分け方は?

虫眼鏡でのぞきこむ男の子のイラスト

はっきりした境目はなくても、目の前の一匹が蝶か蛾かを判断する手がかりはあります。事典が挙げる中で比較的確かなのは、触角の形と、翅をつなぐ仕組みの二つです。

触角の先がふくらんでいれば蝶の可能性大

蝶の触角は、先端がマッチ棒や野球のバットのようにふくらんだ棍棒(こんぼう)状をしています。蛾の触角は形がさまざまで、糸のように細いものもあれば羽毛や櫛(くし)の歯のように広がるものもあります。ただしニッポニカによれば、一部の蛾は蝶と同じ棍棒状の触角の持ち主。触角だけで決めつけると、まれに取り違えることになります。

前後の翅をつなぐ「翅刺」

多くの蛾では、後ろの翅の付け根から翅刺(しし)と呼ばれるとげが出ています。このとげを前の翅の裏にある小さな留め具に引っかけ、前後の翅を一枚のように連動させて飛ぶ仕組みです。蝶にはこの翅刺がなく、後ろの翅の付け根が大きく張り出して前の翅を下から支えています。

二つを組み合わせて判定する

ニッポニカが紹介しているのは、この二つを組み合わせる見分け方です。触角が棍棒状で翅刺がなければ蝶、翅刺があれば蛾。ただ翅刺は翅の裏の付け根にあるため、生きた虫を眺めているだけではまず見えません。野外では触角の先を見るのが、いちばん手軽な方法になります。

とまり方や昼夜では見分けられる?

スズメガ

よく知られた見分け方ほど、外れる例がたくさんあります。とまり方も昼夜の違いも、目安にはなっても決め手にはなりません。

翅を立てるか、広げるか

蝶の多くは、とまると翅をぴたりと閉じて背中の上に立てます。蛾には、翅を左右に開いたり屋根のように体へかぶせたりしてとまるものが目立ちます。とはいえ世界大百科事典も指摘するように、翅を開いてとまる蝶は少なくありません。逆に、翅を背中で立てて休む蛾もいるのです。

昼に飛ぶ蛾、イカリモンガ

「蝶は昼、蛾は夜」という区別も、例外が多い目安です。ニッポニカは日本にいるイカリモンガ科の2種について、色も飛び方もまったく蝶と区別がつかないほど似ていると書いています。昼間に花の蜜を吸いに来る蛾も多く、ホバリングしながら蜜を吸うオオスカシバは夏の花壇でおなじみでしょう。

見分け方ごとの当てになり度

よく挙げられる目安を、事典の記述をもとに並べてみました。上の二つほど頼りになり、下へ行くほど例外が増えていきます。

目安蝶に多い蛾に多い例外
翅刺ないある少ない(外からは見えにくい)
触角先がふくらむ棍棒状糸状・羽毛状・櫛歯状棍棒状の蛾が一部いる
体つき細め太く毛深い胴の太い蝶(セセリチョウ)がいる
とまり方翅を閉じて立てる翅を開く・かぶせるどちらにも多い
活動時間昼夜昼に飛ぶ蛾が多い

セセリチョウはなぜ蛾に見える?

モンシロチョウ

蝶でありながら、ぱっと見では蛾と間違えられやすい仲間もいます。その代表が、花壇や草地でよく見かけるセセリチョウです。

太い胴と素早い直線飛行

セセリチョウの多くは茶色っぽい地味な色で、胴体が太くがっしりしています。飛び方もひらひらではなく、すばやく直線的に花から花へ。触角の先はふくらんでいるものの、そこからさらに細くとがって曲がる種類が多く、モンシロチョウなどとは形が少し違うのです。

分類の上ではれっきとした蝶

世界大百科事典によると、現在の分類で蝶と呼ばれるのは二つの仲間です。セセリチョウの仲間(セセリチョウ上科)と、アゲハチョウ上科にまとめられる残りの蝶全部。それ以外の鱗翅目は、すべて蛾にあたります。見た目が蛾らしくても、セセリチョウは蝶の二大グループの一方を担う正式な蝶なのです。

言葉の上で蝶と蛾を分けない国もある

ボーダーシャツとベレー帽のフランス人男性のイラスト

日本語の「蝶」と「蛾」、英語の butterfly と moth のように、二つをまったく別の単語で呼ぶ言語ばかりではありません。ヨーロッパの言葉をのぞくと、両者の距離感が言語ごとに違って見えてきます。

ドイツ語は「昼の Falter」と「夜の Falter」

世界大百科事典によれば、ドイツ語では蝶と蛾をまとめて Falter(ファルター)や Schmetterling(シュメッターリング)と呼びます。そのうえで昼の蝶は Tagfalter(昼のファルター)、蛾は Nachtfalter(夜のファルター)。一つの仲間を昼と夜で呼び分ける発想は、生物学の見方に意外と近いといえそうです。

フランス語の蛾は「夜のパピヨン」

フランス語で papillon(パピヨン)といえば、ふつうは蝶のことです。蛾を言いたいときは papillon de nuit(夜のパピヨン)と言い添えます。蝶と蛾がまったく同じ一語というわけではなく、蛾は「夜に飛ぶ蝶」として言い表されているのでした。

なぜ蝶は好かれ、蛾は嫌われる?

夜の灯りに集まる虫

生き物としてはごく近いのに、受ける印象は正反対になりがちです。その差は虫そのものより、出会う場面のほうから生まれているように見えます。

出会う時間と場所の違い

蝶に出会うのは、たいてい晴れた日の花畑や公園です。蛾のほうは、夜の玄関灯や部屋の明かりに集まってくる姿で目に入ることが多くなります。明るい場面で見るものと、暗がりで不意に飛び込んでくるもの。この出会い方の差が、そのまま好き嫌いに重なっていると考えられます。

あざやかな蛾も少なくない

「蝶は美しく、蛾は地味」という図式にも例外はたくさんあります。昼に飛ぶイカリモンガや、日本最大級の蛾とされる沖縄のヨナグニサンのように、色や大きさで目を引く蛾も珍しくありません。夜に活動する蛾の多くが地味な色なのは、昼間に木の幹や葉の上でじっと休むとき目立たないため、という面もあるのです。

絹をつくるカイコも蛾の仲間

カイコの繭

嫌われがちな蛾ですが、人の暮らしを大きく支えてきた種類もいます。絹の糸を吐くカイコは、カイコガという蛾の幼虫です。

野生のクワコを数千年かけて家畜に

農研機構によると、カイコの祖先はクワコという野生の蛾で、人が数千年かけて飼いならしたとされています。幼虫は桑(くわ)の葉を食べて4回脱皮し、およそ25日で体重が1万倍ほどに。最後に糸を吐いて繭をつくり、その中でさなぎになります。この繭をほどいた糸が生糸、つまり絹の原料です。

飛べない成虫と1週間の寿命

カイコガの成虫は翅を持っていても飛べず、ものを食べることもありません。羽化するとまもなく交尾して約500個の卵を産み、1週間ほどで一生を終えます。幼虫もほとんど動き回らないため、人の世話がなければ生きていけない虫です。日本には約1900系統のカイコがいて、農研機構はそのうち約600を遺伝資源として保存しているそうです。

蝶と蛾を分ける線は、自然が引いたものというより、人が昼と夜の印象で引いてきたものでした。ドイツ語が両者を同じ Falter と呼ぶように、蛾は夜を選んだ蝶の親戚であり、蝶は昼の光を選んだ蛾の一族です。玄関灯にとまった一匹にも、花畑の蝶と同じ系統図の続きが描かれています。

参考

関連記事

カタツムリとナメクジは何が違うのか、殻を取ってもナメクジにはならない
雨あがりの庭先で、カタツムリとナメクジに出会うことがあります。背中に殻を背負っているのがカタツムリ、殻がなくてぬめっとしているのがナメクジ。見分けるのは簡単そうに思えます。では、カタツムリの殻を取ったら、ナメクジになるのでしょうか。答えはノ...
ハチドリはなぜ空中で止まれるのか、翼は8の字を描いている
花の前でぴたりと浮かぶハチドリは、翼を肩の関節で裏返しながら、前後へ8の字を描くように振っています。前へ振るときに体重の約75%を支え、後ろへ振り戻すときにも翼を裏返して残りの約25%を支えます。普通の鳥なら休みに近い振り戻しまで、浮く力に...
川や池にいるマミズクラゲとは何か、学校のプールにも現れる
マミズクラゲは、真水にすむ傘の直径1〜2センチほどの透明なクラゲです。流れのある川の中ではほとんど見られず、ため池やダム湖、防火水槽のように水が動かない場所に夏から秋にかけて突然現れます。戦後は学校の防火水槽やプールで生徒が見つけた記録が多...
ホタルはなぜ光るのか、求愛の合図では卵や幼虫の光を説明できない
ホタルの光は、成虫にとっては相手を探すための合図です。ところが卵も、水の中の幼虫も、土の中のサナギも光ります。動けない卵が恋の相手を呼ぶはずはありません。発光の仕組みは求愛よりずっと前からあり、あとから合図や警告に使われるようになった、とい...
「蛙」はなぜ虫偏なのか、虹まで虫偏なのはどうして?
「蛙」が虫偏なのは、偏の「虫」がもともと昆虫ではなく、マムシを描いた字だったからです。古い字書は、鳥にも魚にも獣にも入らない小さな生き物をまとめてこの部品で書くと定めていました。カエルもその箱に入ったわけです。虹のほうは、空にかかる竜や蛇の...
シロアリと黒アリは何が違うのか、シロアリはゴキブリの仲間だった
シロアリと黒アリの違いは、色よりも体の形と生い立ちにあります。黒アリはハチの仲間ですが、シロアリはゴキブリの仲間で、いまの分類ではゴキブリ目の中に入れられています。見分けるなら腰のくびれ・触角・羽の形の3か所。育ち方や巣の顔ぶれ、家の木材を...