なぜ日本語には「ひらがな」と「カタカナ」の2種類があるのか——生みの親が違った

十二単の女性と僧侶=ひらがなとカタカナの別々の生みの親 言葉と論理の話
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日本語を書くとき、私たちは漢字・ひらがな・カタカナを、当たり前のように使い分けています。よく考えると、音を表す文字が2種類もあるのは、世界の言語のなかでもかなり珍しいことです。「あ」と「ア」、同じ音なのに、書き方が2通りある。

なぜ、わざわざ2つも必要だったのでしょうか。ひらがなとカタカナは、生まれた場所からして違いました。最初にこの二つを使った人たちも、まったく別だったのです。二つの文字がたどった別々の道のりを、順にたどっていきましょう。

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ひらがなとカタカナ 早見表

習字をする人

由来と使い手——この二つの面から、二つの文字の違いを先に表で見わたします。細かな経緯は、このあと順にたどります。

項目ひらがなカタカナ
作り方漢字全体をくずす漢字の一部を取る
字の例安 → あ阿 → ア
主な使い手女性(和歌・物語)僧侶(お経の訓読)

出発点は同じ「万葉仮名」

古い巻物

じつは、ひらがなもカタカナも、もとは同じ一つの文字づかいから枝分かれしたものです。その共通の祖先が「万葉仮名(まんようがな)」でした。

漢字を「音」として借りた

万葉仮名(まんようがな)とは、漢字の意味は気にせず、その音だけを借りて日本語を書き表した文字の使い方です。『万葉集』に多く見られることから、この名で呼ばれます。

日本語には文字がなかった

もともと、日本語には自前の文字がありませんでした。そこへ中国から漢字が伝わり、人々はそれを使って日本語を書こうとします。そこで思いついたのが、漢字の意味ではなく「音」だけを借りる方法でした。たとえば「やま」という言葉を、「夜麻」のように漢字の音を当てて書いたのです。これが万葉仮名の始まりでした。

画数が多くて書くのが大変

ただ、この方法には難点がありました。一つの音を書くのに、画数の多い漢字を一字まるごと書かなければなりません。文章が長くなれば、その手間は相当なものです。もっと手早く、簡単に書けないか。その工夫の先に、ひらがなとカタカナという二つの近道が、別々に生まれていきました。

生まれた場所が、まるで違った

和歌を詠む平安時代の女性

同じ万葉仮名から出発しながら、二つの文字はまったく異なる世界で育ちました。かたや宮中の女性たち、かたや寺の僧侶たちの手の中で。

ひらがなは「女手」から

安を「あ」、以を「い」に

ひらがなは、万葉仮名の漢字を、続け書きの草書体でやわらかくくずして生まれました。「安」をくずせば「あ」に、「以」をくずせば「い」に。角のとれた、流れるような曲線が特徴です。筆をすばやく走らせても書ける、なめらかな文字。漢字を丸ごと崩したところに、ひらがなのやさしい姿があります。

女性と和歌の文字だった

このひらがなを、おもに使ったのが平安時代の女性たちでした。当時、公の場の文書は漢字で書くのが決まりで、それは主に男性の役目です。いっぽう女性は、和歌や手紙、物語といった私的な場面でひらがなを愛用しました。そのため、ひらがなは「女手(おんなで)」とも呼ばれます。『源氏物語』や『枕草子』が、この文字から生まれたのです。

カタカナは「お経の余白」から

阿を「ア」、伊を「イ」に

いっぽうカタカナは、まったく別の作り方をしています。漢字を丸ごとではなく、その一部分だけを取り出したのです。「阿」の左側から「ア」、「伊」の左側から「イ」。直線的で、かくかくした形になりました。全体をくずしたひらがなとは、生まれ方からして正反対だったわけです。

僧侶の訓読メモとして

カタカナを生み出したのは、寺で学ぶ僧侶たちでした。彼らは中国から伝わったお経(漢文)を日本語で読むために、行と行のあいだに、読み方や助詞をメモしていきます。ところが、お経の行間はせまく、画数の多い万葉仮名では書き込みきれません。そこで、漢字の一部だけを使う簡単な記号を編み出したのです。カタカナは、いわば学問の現場から生まれた速記の文字でした。

なぜ2つとも生き残ったのか

説法する僧侶

役割の違う二つの文字は、どちらかに一本化されることなく、どちらも今日まで残りました。その理由も、やはり生まれの違いにあったのです。

使う人と場面が違った

私的な場と、学問の場

ひらがなは女性の私的な文章で、カタカナは僧侶の学問の場で育ちました。使う人も、使う場面も重ならなかったため、どちらかが不要になることがなかったのです。もし二つが同じ場所で競い合っていたら、一方は消えていたかもしれません。すみ分けができていたからこそ、両方が長く生き残れたと考えられています。

今も続く使い分け

その名残は、現代の私たちの書き方にもはっきり残っています。ひらがなが受け持つのは、和語や助詞、言葉のやわらかい部分です。カタカナは、外来語や擬音語、それに強調したい言葉に使われます。「ねこがニャーと鳴く」と書くだけで、二つの役割が自然に立ち現れる。千年前のすみ分けが、いまも指先で受け継がれているわけです。

豆知識——「平仮名」「片仮名」の名前の意味

書道の道具

最後に、「平仮名」「片仮名」という呼び名そのものに目を向けてみましょう。この二つの漢字には、それぞれの成り立ちがちゃんと映し出されています。

「平」と「片」が表すもの

平仮名の「平」はやさしさ

ひらがなは、漢字で書くと「平仮名」です。この「平」には、「たいらな」「やさしい」という意味があります。漢字をくずして、だれもが書きやすいように平易にした仮名。だから「平仮名」と呼ばれました。名前そのものに、やわらかく崩したという成り立ちが、そっと込められているのです。

片仮名の「片」は一部分

いっぽうカタカナは「片仮名」と書きます。この「片」は、「片方」「一部分」を意味します。漢字の全体ではなく、その一部だけを取って作った仮名だから「片仮名」。名前の中に、漢字のかけらから生まれたという由来が、しっかり刻まれているわけです。ふだん何気なく呼んでいる名前にも、文字の来歴が畳み込まれていました。

昔は「あ」が何種類もあった

今の形に定まったのは明治

じつは、ひらがなが今の一音一字に落ち着いたのは、意外と最近のことです。かつては同じ「あ」の音にも、「安」からくずした字のほかに、「阿」や「愛」などをもとにした何種類もの形がありました。それが1900年(明治33年)、小学校で教える字体を一音につき一つに定めた決まりによって、今の50音のひらがなに整理されたのです。選ばれなかった字は「変体仮名(へんたいがな)」と呼ばれ、今も老舗のそば屋の看板などにひっそり残っています。私たちの見なれた「あいうえお」は、たかだか百年ほど前に選び抜かれた姿だったのでした。

ひらがなとカタカナは同じ漢字から枝分かれし、宮中と寺という別々の場所で、別々の人の手によって磨かれてきました。かたや流れるように崩し、かたや一部を切り取って。生まれも育ちも違う二つの文字が、今では一つの文章の中で、ごく自然に肩を並べています。「あ」と「ア」を書き分けるその一画の奥に、千年の道のりが静かに畳み込まれているのでした。