「上履き」と「上靴」は、どちらも学校の布靴が生まれる前からあった「建物の中で履く物」を指す言葉です。上履きは江戸時代、上靴は明治時代の文学にすでに登場。戦後に布の上履きが全国の学校へ広がったとき、土地ごとに耳になじんだほうの言葉が当てられ、教室の口伝えで定着したと考えられます。境目を説明する定説はありませんが、投票調査では西へ行くほど「上靴」が増えていきます。
東と西で呼び名はどれくらい違う?

全国の投票では「上履き」が6割超
ニュースサイトのJタウンネットは2015年5月から6月にかけて、学校で履く靴の呼び名を読者の投票で集めました。総数1239票のうち「上履き」は801票。2位の「上靴」に3倍近い差をつけています。
| 呼び名 | 得票 | 割合 |
|---|---|---|
| 上履き | 801票 | 64.6% |
| 上靴 | 282票 | 22.8% |
| ズック | 71票 | 5.7% |
| バレーシューズ | 36票 | 2.9% |
全国で見れば「上履き」が主流です。ただ、この数字を地域ごとに割ると、まったく違う顔が見えてきます。
西日本では「上靴」派が3割を超える
同じ投票を東西に分けると、「上靴」派は東日本で19.3%なのに対し、西日本では31%に達しました。東京は「上履き」65.4%に「上靴」23%と全国平均に近い形です。ところが大阪では「上履き」52.4%に「上靴」35.4%まで迫ります。西へ進むにつれて「上靴」の色が少しずつ濃くなっていくわけです。
福岡では二つの呼び名が同率で並ぶ
福岡では「上履き」と「上靴」がどちらも46.2%で、きれいに並びました。教室の半分が「うわばき」、残りの半分が「うわぐつ」と言っていてもおかしくない数字です。どちらの言い方でも話は通じるので、本人たちは違いに気づかないまま過ごしているのかもしれません。
四国の3県では「上靴」が多数派
高知・香川・愛媛の3県では「上靴」派が60%に達しました。全国では2割ほどの少数派が、ここでは主役です。東西の違いは琵琶湖のあたりで1本の線を引いて分かれるのではなく、地域ごとの濃淡として表れていると言えます。
「上履き」と「上靴」はどちらが古い言葉?

「上履き」は江戸時代の小説に出てくる
『精選版 日本国語大辞典』は「上履(うわばき)」の用例として、井原西鶴の『好色一代男』(1682年)を挙げています。意味は廊下や板の間など、建物の中で使う履き物全般です。上草履やスリッパもこの仲間に入ります。学校の布靴が生まれる300年近く前から、言葉そのものはあったことになります。
「上靴」は明治にスリッパを指した
「上靴(うわぐつ)」の古い用例は、森鴎外の『舞姫』(1890年)です。同じ辞典によると、明治時代の「上靴」はスリッパのことでした。学校で屋外用の靴と履き分ける靴を指す使い方は、そのあとに広がったものです。
つまり二つの言葉は、どちらも「上履きの靴」専用に作られた名前ではありません。もともと室内履き全般を呼んでいた言葉が、のちに学校の布靴へ移ってきたのです。
雨よけの靴も「上靴」と呼ばれた
同じ辞典には、もう一つの「上靴」も載っています。普通の靴の上に重ねて履く、ゴム製などの雨よけの靴です。用例は1876年の『経済小学家政要旨』。こちらの「上」は床の上ではなく、靴の上を指しています。同じ字面でも、明治のころは意味がいくつも並んでいたのです。
なぜ東と西で呼び名が分かれたのか?

境目を説明する定説はない
東は「上履き」、西は「上靴」に寄った理由について、はっきりした定説はありません。Jタウンネットの投票も分布の傾向を示したもので、なぜそうなったかまでは説明していません。ここから先は、辞典に残る言葉の歴史をもとにした見立てになります。
どちらの言葉も土地に先にあった
手がかりになるのは、二つの言葉がどちらも学校の布靴より古いことです。室内履きを何と呼ぶかは、家庭や土地によってもともと揺れがあったと考えられます。戦後に新しい布靴が配られたとき、それぞれの土地でなじみのあるほうの言葉が当てられたとすれば、分布のまだら模様にも説明がつきます。
学校の持ち物の名前は口伝えで広まる
上履きの呼び名は、教科書で習う言葉ではありません。入学のときの持ち物の案内や、先生と子どもの会話の中で受け継がれていきます。親から子へ、先輩から後輩へと同じ学校の中で回るため、いったん根づいた言い方は外から変わりにくい面があります。方言が土地ごとに残るのと同じ仕組みです。
転校して初めて気づく呼び名の違い
呼び名の違いがはっきり意識されるのは、引っ越しや転校のときです。前の学校で「上靴」と言っていた子が、新しい教室では「上履き」と言い直される。毎日使う物の名前ほど、自分の言い方が地域の言葉だとは気づきにくいものです。
「上履き」の「上」は何の上?

床に上がって履く物という意味
「上履き」の「上」を、良い品という意味の「上等」と受け取る人もいます。けれど辞典の説明は「建物の中で使うはきもの」で、品質の話は出てきません。日本の建物では、玄関で靴を脱いで一段高い床へ上がります。その上がった先で履く物、と読むのが自然です。
対になるのは「下履き」と「下足」
辞典では「上履」の対になる言葉として「下履(したばき)」が挙がっています。屋外で履く靴のことです。脱いだ履物を指す「下足(げそく)」も同じ発想の言葉です。上と下は品の良し悪しではなく、床の高さと内外の境目を表しています。
芝居小屋で履物を預かった下足番
『改訂新版 世界大百科事典』によると、江戸時代の芝居小屋や料亭・寄席には下足番がいて客の履物を預かっていました。引き換えに渡す下足札は、10cm×5cmほどの番号入りの板だったそうです。この習慣は1923年の関東大震災のあと、だんだん減っていったとされます。
イカの「ゲソ」も下足から来た
すし屋でイカの足を「ゲソ」と呼ぶのは、この下足から来た符丁(仲間内だけで通じる言い方)だと同じ事典は説明しています。脱いだ履物の言葉が、すし屋のカウンターで食べ物の名前として生き残っているわけです。上履きの「上」と下足の「下」は、思わぬところまで枝を伸ばしています。
いまの形の上履きはいつ生まれた?

明治の教室では足袋や草履
学校で履き物を替える習慣は、1872年(明治5年)の学制発布にさかのぼります。全国に学校をつくる制度ができたことで、子どもが教室で過ごす場面が生まれました。靴メーカーのムーンスターの解説によると、当時は教室で足袋や草履に履き替えていたそうです。
1957年の「新製品Aシューズ」
いまの布の上履きにつながるのは戦後の製品です。福岡県久留米市のムーンスターが1957年(昭和32年)に出した前ゴム靴「新製品Aシューズ」には、「上ばきに好適」という説明が添えられていました。同じ説明文には「いま女子学生間の人気者」との一言も。
1958年の「バレーシューズバンド付」
翌1958年には、甲をゴムのバンドで留める「バレーシューズバンド付」が発表されます。同社は、このAシューズとバレーシューズの2つが現在の上履きの原型になったと紹介しています。白い布に細いゴムバンドというおなじみの形は、ここで出そろいました。
1964年に学年色の「スクールカラー」
1964年(昭和39年)には、つま先と靴底のまわりに色を付けた「スクールカラー」が登場しました。色で学年やクラスが一目で分かるようにした工夫です。最初の色はブルー・レッド・イエロー・グリーン・エンジ・ホワイト・コバルトの7色でした。下駄箱が学年ごとに色分けされて見えるのは、この発想の名残です。
「ズック」はどこから来た言葉?

オランダ語の「doek」は厚手の布
「ズック」はオランダ語の doek から来た言葉です。『精選版 日本国語大辞典』は、太い亜麻糸や木綿糸で織った厚地の平織物と説明しています。用途は帆・靴・担架・テントなど。英語ではダック(duck)と呼ばれる布で、丈夫で水に強いのが持ち味です。
布の名前が靴の名前になった
ズックは、もとは生地の名前でした。日本国語大辞典が挙げる古い用例は1892年の巖谷小波『当世少年気質』で、出てくるのは「ズックの革袋」。靴ではなく袋の話です。その後この布で作った運動靴が広まり、『デジタル大辞泉』にも「ゴム底の運動靴。ズック靴」という意味が並ぶようになりました。
北陸に残る「ズック」と「内履き」
Jタウンネットの投票では、北陸で「ズック」と答えた人が29.4%いました。テレビ金沢の番組を紹介した記事によると、石川県では学校の上履きを「内履き」「内履きズック」と呼びます。上と下ではなく、内と外で分ける言い方です。
石川で生まれた新方言「ズッパ」
同じ記事は、石川県で1970年代に「ズッパ」という新しい方言が生まれたことも伝えています。この言葉が学校を中心に広まったため、「ズック」という言い方も根強く残ったという説明です。江戸時代に入ってきた外来語が、子どもたちの新しい言葉に支えられて生き延びた形と言えます。
和歌山だけ「バレーシューズ」と呼ぶのはなぜ?

和歌山では「バレーシューズ」が最多
Jタウンネットの投票で、和歌山県だけは「バレーシューズ」が最も多くの票を集めました。全国では2.9%の少数派ですが、和歌山では主役の呼び名です。同じ記事は、いまの一般的な上履きの正式名称が「バレーシューズ」であることにも触れています。
商品名がそのまま根づいたという見方
ラジオ関西の記事は、ムーンスターの「新製品Aシューズ」と「バレーシューズバンド付」が原型だとしたうえで、その商品名が和歌山に持ち込まれて広まった可能性を挙げています。ほかの地域が「上履き」と使い道で呼ぶなか、和歌山は製品の名前で呼び続けているのかもしれません。
トゥシューズを手本にしたという話
同じ記事では、和歌山市の学生服リユース店の店員が、バレエのトゥシューズを参考に作られたと聞いた話を紹介しています。上履きの靴底は外履きより滑りにくく作られていて、その点はトゥシューズと共通です。ただし伝え聞きの話で、名前の由来には諸説あるとされています。
同じ白い布靴でも、呼び名は土地ごとにさまざまです。東の「上履き」・西の「上靴」・石川の「内履き」・和歌山の「バレーシューズ」。どれも土地の暮らしに上がり込み、そこで根を張った名前です。下駄箱の前で呼び名が通じなかった経験があるなら、それは言葉の地図の境目をまたいだ瞬間だったのでしょう。
参考
- Jタウンネット「東日本では『上履き』、西日本では『上靴』派も…学校で履いていた『あの靴』の名前は」(2015年)
- ムーンスター キッズナビ「ムーンスターの上履き」
- コトバンク「上靴」(精選版 日本国語大辞典ほか)
- ラジトピ(ラジオ関西)「学校の“上履き”、なぜ和歌山では『バレーシューズ』と呼ぶ?」(2023年)
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