髪の毛は、切らずに放っておけば腰の高さまで伸びていきます。ところが眉毛やまつげは、一度も切らないのに、いつも同じくらいの長さで止まっています。同じ「毛」なのに、なぜこれほど差が出るのでしょうか。
答えは「伸びる力」の差ではありません。毛が伸び続けられる期間、つまり成長する時間の長さが部位ごとに違うことが原因です。髪だけがどんどん伸びて見えるのは、髪に与えられた成長の時間がとびぬけて長いからなのです。
※ 毛周期(もうしゅうき/ヘアサイクル)とは、一本の毛が生えて伸び、やがて抜けて新しく生え替わるまでの一連のサイクルのことです。
毛の長さを決めているのは「成長期の長さ」

まつげから頭髪まで、成長できる期間の短い順に並べてみると、毛の長さがきれいなグラデーションになって現れます。伸びていられる時間が長い毛ほど、最後には長く育つという関係です。
| 部位 | 成長期のめやす | 伸びる長さの傾向 |
|---|---|---|
| まつげ | 約30〜45日 | 数mm〜1cm程度で止まる |
| 眉毛 | 約1〜2か月 | 短いまま一定に保たれる |
| うで・すねの毛 | 約1〜6か月 | 数cmで止まる |
| ひげ | 約1〜2年 | のばせば十数cm以上に |
| 頭髪 | 約2〜6年 | 数十cm〜腰の高さまで |
まつげと頭髪では、成長できる期間に数十倍もの開きがあります。この時間差が、そのまま長さの差になって現れているわけです。以下では、そもそも毛がどう伸びるのかという仕組みから順に見ていきます。
そもそも毛はどうやって伸びるのか

毛が伸びる仕組みを知ると、「伸びる期間」という言い方がしっくりきます。毛は先端がぐんぐん成長しているのではなく、根元で新しく作られた分だけ押し上げられているのです。
毛をつくる工場は根元の「毛球」
毛母細胞が分裂して毛を生み出す
毛の根元、皮膚の奥にふくらんだ部分を毛球(もうきゅう)と呼びます。その中心には毛乳頭(もうにゅうとう)という司令塔があり、まわりを取り囲む毛母細胞(もうぼさいぼう)に「毛を作れ」と指示を出しています。毛母細胞はこの指示を受け、さかんに分裂と増殖を繰り返すのです。
分裂して増えた細胞は、次々と上へ送り出されます。工場の奥で部品が作られ、ベルトコンベアで押し出されていくイメージに近いといえます。
伸びている毛は「死んだ細胞」
意外に思われるかもしれませんが、私たちが目にしている毛の部分は、すでに死んだ細胞の集まりです。毛母細胞から押し出された細胞は、上へ向かう途中でケラチンというタンパク質を詰め込み、やがて角化(かくか)して硬くなります。この角化した細胞の柱が、髪の毛の正体です。
髪を切っても痛くないのは、そこがもう生きた細胞ではないからです。痛みや出血がないのは切り口が死んだ組織である証拠で、生きているのは皮膚の奥にある毛母細胞のほうだけ、と考えると分かりやすいでしょう。
どのくらいの速さで伸びるのか
1日に0.3〜0.4mm、1か月で約1cm
頭髪が伸びる速さは、1日あたり0.3〜0.4mmほどです。数字にすると小さく感じますが、積み重なると1か月で約1cm、1年でおよそ12cmになります。肩までのばそうと思えば、単純計算で数年がかりの作業だと分かるでしょう。
この速さは季節や年齢、体調によって多少上下するとされています。夏はやや速く冬は遅くなるという声もありますが、劇的に変わるものではありません。
毛先は「数年前に作られた部分」
根元で作られた毛が押し上げられていく、という仕組みからは、もうひとつ面白いことが分かります。ロングヘアの毛先は、数年前に毛母細胞が作った古い部分だということです。
毛先ほど傷んでパサつきやすいのは、長い時間ずっと紫外線やドライヤーの熱・摩擦にさらされてきたためです。根元の新しい毛がつやつやなのと対照的で、一本の髪の中に時間の経過が刻まれています。
毛は伸び続けない——「毛周期」で生え替わる

毛母細胞が働き続ければ毛は永遠に伸びそうですが、実際にはそうなりません。一本一本の毛には、伸びて・止まって・抜けるというサイクルが備わっているからです。これが毛周期です。
成長期・退行期・休止期の3つ
成長期——毛が伸びている期間
毛母細胞が活発に分裂し、毛が実際にのびていく時期を成長期と呼びます。頭髪ではこの成長期が2〜6年と長く、頭にある毛のうち約85〜90%がつねに成長期にあります。多くの毛が同時に伸びているからこそ、髪全体がボリュームを保てるのです。
退行期・休止期——止まって、抜ける
成長期が終わると、毛は退行期に入ります。退行期は2〜3週間ほどで、毛母細胞の活動が落ち、毛の成長が止まります。その後に続く休止期は3〜4か月ほど。この間、毛は伸びも抜けもせずに待機し、やがて下から生えてくる次の毛に押し出されるように抜け落ちます。
頭髪では、退行期の毛が全体の約1%、休止期の毛が約10〜15%とされています。つまり大多数の毛はいつも伸びている最中で、抜ける準備に入っているのはごく一部にすぎません。
毎日抜けても薄くならないわけ
1日50〜100本は自然な抜け毛
日本人の頭髪はおよそ10万本といわれます。このうち休止期を終えた毛が、1日あたり50〜100本ほど自然に抜けていきます。排水口や枕についた抜け毛にぎょっとすることもありますが、この範囲なら生え替わりの正常な一場面です。
毛ごとに周期がずれている
もし10万本の毛がそろって同じ周期で動いていたら、あるとき一斉に抜けて丸坊主になってしまいます。実際にはそうならないのは、一本ずつ周期のタイミングがバラバラにずれているからです。
隣り合う毛でも、片方は成長期のまっただ中なのに、もう片方は休止期で抜ける寸前ということが起こります。この非同調のおかげで、常にどこかの毛が伸びていて、全体としては髪のボリュームが保たれる仕組みです。
なぜ頭髪だけが長く伸びるのか

仕組みも毛周期も、頭髪と眉毛でほとんど変わりません。違うのはただ一点、成長期がどれだけ続くかという時間の長さだけです。
頭髪は成長期が「数年」もある
だから腰の高さまで伸びる人もいる
頭髪の成長期は2〜6年。1年で約12cm伸びるとして、6年間伸び続ければ単純計算で70cmを超えます。ちょうど背中から腰のあたりまでの長さで、実際にそこまでのばしている人がいるのと一致します。成長期が長い毛ほど、止まる前に長く育てるわけです。
どこまでも伸びるわけではない
とはいえ、髪は無限に伸びるものではありません。成長期が終われば毛はそこで止まり、抜けて生え替わってしまうからです。一本の髪が到達できる長さは、その人の成長期の長さでほぼ決まります。
床につくほどの超ロングヘアで知られる人たちは、努力というより、成長期がとりわけ長い体質だと考えられています。同じように育てても、多くの人は途中で毛が入れ替わってしまうため、そこまでは届きにくいのです。
眉毛・まつげは成長期が「1〜2か月」
すぐ止まるから短いまま整う
眉毛の成長期は1〜2か月、まつげにいたっては30〜45日ほどしかありません。伸び始めてもすぐに成長期が終わってしまうので、数mmから1cm程度で止まり、あとは抜けて生え替わります。切らなくても一定の長さに整って見えるのは、この短い成長期のおかげです。
もし眉毛の成長期が頭髪なみに数年あったら、放っておくと眉が数十cmに伸びてしまう計算になります。想像すると、短い成長期がいかにありがたい設計かが分かります。
抜いても、また生えてくる理由
眉毛やムダ毛を抜いても、しばらくすると生えてくるのは、抜いたのが毛の本体だけだからです。毛を作る毛母細胞や毛乳頭は皮膚の奥に残っているため、次の毛周期がめぐってくれば、また新しい毛が作られます。
逆にいえば、毛の再生を止めるには奥の細胞そのものに働きかけるほかありません。医療脱毛が毛の根元をねらうのは、この毛を生み出す仕組みそのものに作用させるためだとされています。
眉毛・すね毛…部位ごとの毛周期の違い

ここまで頭髪と眉毛を対比してきましたが、体の毛は部位ごとに成長期の長さが少しずつ異なります。それぞれの毛が、その場所にちょうどいい長さで止まるようにできているのでしょう。
体毛は「短めの成長期」でそろっている
うで毛・すね毛は数か月で一区切り
うでやすねの毛は、成長期が1〜6か月ほどです。頭髪ほど長くはならず、数cmでおおむね止まります。人によって毛の長さに差はあっても、髪のように背中まで伸び続けることがないのは、この短い成長期のためです。
ひげは体毛の中では長めに育つ
ひげの成長期は1〜2年ほどとされ、体毛の中では長めです。のばし続ければ十数cm以上になる人もいて、頭髪と体毛の中間のような位置づけといえます。同じ顔の毛でも、まつげとひげでこれほど成長期が違うのは面白いところです。
退行期・休止期はどの毛もほぼ同じ
差がつくのは「成長期」だけ
部位ごとに大きく違うのは成長期の長さだけです。退行期の2〜3週間と休止期の3〜4か月は、どの毛でもほとんど共通しています。つまり毛の長さの個性は、休む期間ではなく、伸びていられる期間の差で生まれているといえるでしょう。
| 期間 | 長さ | この間に起きること |
|---|---|---|
| 成長期 | 部位で大きく違う (まつげ約1か月〜頭髪数年) | 毛母細胞が分裂し、毛が伸びる |
| 退行期 | 約2〜3週間(ほぼ共通) | 成長が止まり、毛が上へ移動する |
| 休止期 | 約3〜4か月(ほぼ共通) | 待機したのち、次の毛に押されて抜ける |
もう一歩——毛周期をめぐる豆知識

毛周期を知ると、身のまわりの「毛にまつわる不思議」がいくつか説明できるようになります。最後に、へえと思える小ネタをいくつか挙げてみましょう。
秋に抜け毛が増える気がするのはなぜ
秋になると抜け毛が増えたように感じる人は少なくありません。夏の紫外線によるダメージや、動物に近い季節性の生え替わりの名残など諸説あります。はっきり一つには定まっていないものの、季節ごとに抜け毛の量が上下すること自体は経験的に知られています。一時的に増えるぶんには、毛周期の範囲内であれば過度に心配はいらないでしょう。
まつげも眉毛も、実は生え替わっている
頭髪ばかりが抜けるように思われがちですが、まつげも眉毛も同じように毎日少しずつ抜けて生え替わっています。ただ本数が少なく、抜けてもすぐ次の毛が控えているため、変化に気づきにくいだけです。洗顔時に落ちたまつげを見て初めて意識する、という人も多いのではないでしょうか。
赤ちゃんのやわらかい毛と大人の毛
生まれたばかりの赤ちゃんの髪は、細くやわらかいうぶ毛です。成長とともに、太くしっかりした毛へと入れ替わっていきます。同じ毛穴から生える毛でも、年齢や体の状態によって太さや性質が変わることがあり、毛周期を繰り返すなかで少しずつ姿を変えていくのです。
髪・眉毛・まつげの長さの違いは、伸びる力の差ではなく、伸びていられる時間の差でした。どの毛も同じ工場が同じ手順で作っていて、ただ止まるまでのタイマーの長さだけが違う。鏡の前で髪の長さに目がいったとき、その一本が今どのくらい「伸びていい時間」を残しているのかに、少しだけ思いをはせてみるのも一興です。

