白髪を1本抜いても、そのせいで白髪が増えることはありません。髪に色をつける細胞は毛穴ごとに独立していて、抜かれた毛が隣の毛に「白くなれ」と伝える仕組みは見つかっていないからです。
抜いた場所からは、しばらくしてまた白い毛が出てきます。色をつくる係が働かなくなっているのは毛の先ではなく根もとなので、毛だけを引き抜いても事情は変わりません。増えはしない代わりに減りもしない、というのが正確なところです。それでも皮膚科の医師が「抜かないほうがいい」と言うのには、別の理由があります。
抜いた1本のあと、毛穴では何が起きるのか

抜いた1本の行方をたどると、「増える」という言い伝えが成り立たないことがはっきりします。毛の本数を決めているのは毛穴の側で、抜く動作には本数を増やす手立てがありません。
毛穴ひとつから生えている毛は何本か
髪は毛包(もうほう)という筒状の器官から生えます。米アーカンソー大学医学部(UAMS)の皮膚科医は、この俗説について「1つの毛包から生えることのできる毛は1本だけ」と説明しています。抜けば同じ毛包が次の1本を用意するだけで、2本にはなりません。
※ 毛包(もうほう)とは、皮膚の中にあって毛を1本つくり育てる袋状の組織のことです。毛穴は、その毛包が皮膚の表面に開いた出口にあたります。
1つの穴に2〜3本見えることもある
頭皮をよく見ると、1つの穴から2本も3本も毛が出ているように見える箇所があります。これは毛包が数個ずつ寄り集まって束になっているためで、植毛の分野では毛包単位と呼ばれます。1つの束に入る毛はふつう1〜4本で、植毛ではこの束を1株と数えるそうです。束の中の1本を抜いても、束が増えるわけではありません。
次の毛が出てくるまでの空白
頭髪は数年かけて伸びたあと、しばらく毛の出てこない休みの時期に入るとされています。抜いた直後にその場所が空いたままなのは、毛包がこの休みに入っているためと考えられています。同じ穴から白い毛が顔を出すのは、もう少し先の話です。
本数は同じなのに増えたと感じるのはなぜか
体感としての「増えた」は、たいてい当たっています。ただし原因は抜いたことにはありません。効いているのは、見つけ方と年齢のほうです。
1本見つけると目が変わる
白髪は黒い髪の中で光を強く返すため、1本でもよく目立つ毛です。最初の1本を見つけた日から、鏡の前でそれを探す時間が増えます。それまで気づかずにいた2本目や3本目が視界に入り、本数そのものが急に増えたようにも感じられるでしょう。
抜き始める年齢と増える年齢が重なる
人が白髪を抜き始めるのは、ちょうど白髪が自然に増えていく時期にあたります。抜いた翌月にまた新しい白髪が見つかれば、原因を抜いた行為に求めたくなるのも無理はないでしょう。順序が逆で、増える時期だからこそ抜き始めたという説明のほうが素直です。
白髪を抜くとかえって困ること
本数が増えないのなら抜いてもよさそうに思えますが、毛包にとっては毎回が小さな外傷です。
繰り返す刺激が毛包を痛める
先のUAMSの解説では、毛を抜くことは毛包への外傷であり、繰り返せば感染や瘢痕(はんこん)を招いて毛の生えない部分ができる可能性もあると注意されています。髪を強く引っぱり続けて起きる牽引性脱毛症は、初期なら戻るものの、長引くと傷あとを残して戻らなくなることが知られています。
抜くより根もとで切る
同じ解説が勧めているのは、気になる白髪は抜かずに根もとで切る方法です。毛包に力がかからず、見た目の効果は抜いた場合とほとんど変わりません。切った断面がチクチクするなら、地肌すれすれではなく数ミリ残して切ると気になりにくくなります。
髪の色は、どこで作られているのか

白い毛は、白い色をつけられて生えてくるわけではありません。色をつける工程が抜け落ちた結果として、色のない毛が出てきます。
毛の根もとで行われる色のバトンリレー
花王の毛髪知識のQ&Aによれば、髪の色は内部のメラニン色素の種類と量で決まります。メラニンをつくるのはメラノサイトという細胞です。毛の根もとのふくらみ(毛球)で、毛母細胞の隣に控えています。
色素は作られた場所で手渡される
毛母細胞が分裂して毛をつくる過程で、メラノサイトから毛母細胞へメラニン色素が手渡されます。この受け渡しが止まれば、色の入らない毛が伸びていくことになるわけです。同じ花王の解説も、白髪の原因をメラノサイトの働きの低下や、色素が渡されなくなることに求めています。
色のない毛が白く見える理由
メラニンをほとんど含まない毛は、白い絵の具を塗られているのではありません。光を吸収する色素がいないために、当たった光がそのまま散らばって返ってきます。雪やかき氷が白く見えるのと同じ理屈で、透明なものも集まれば白く見えるとされています。
色素細胞を送り出す元締め
メラノサイトは、毛が生え替わるたびに使い切られてしまう細胞です。そこで補充する側が要ります。それが毛包の中ほど、バルジと呼ばれる領域にひかえる色素幹細胞にあたります。
※ 色素幹細胞とは、メラニンをつくるメラノサイトのもとになる細胞のことです。毛が生え替わるたびに新しいメラノサイトを送り出す、補充役にあたります。
2002年に見つかった補充役
この色素幹細胞を発見したのは、現在は東京大学医科学研究所の教授である西村栄美(にしむらえみ)氏らのグループで、2002年のことでした。加齢やストレスでこの細胞が減ると、次に毛が生え替わるときに色をつくる係が届かず、白い毛が伸びてきます。白髪は毛の途中で起きる事故ではなく、補充の行き詰まりだったわけです。
隣にいる毛の幹細胞が守り役を兼ねる
同じグループの研究では、毛そのものをつくる毛包幹細胞が17型コラーゲンを多く持ち、色素幹細胞を支える土台としても働くことが示されています。土台が痩せれば、白髪と薄毛が一緒に進むことになります。白髪と抜け毛が同じ時期に増える人が多いのは、偶然ではないのかもしれません。
白い毛にも戻れる毛と戻れない毛がある
ヘアカラー大手ホーユーの研究開発情報は、白髪になっている状態を3つに分けています。どれに当たるかで、色が戻る見込みが変わります。
| 毛の根もとの状態 | 起きていること | 色が戻る見込み |
|---|---|---|
| 機能が落ちている | 色素細胞は残っているが、メラニンをつくる働きが弱っている | 働きが戻れば短い期間で戻りうる |
| 機能が止まっている | 色素細胞は止まっているが、補充役の色素幹細胞は残っている | 次に毛が生え替わるときに戻りうる |
| 枯れている | 色素細胞も色素幹細胞も失われている | 期待できない |
見分ける方法は今のところない
色素細胞や色素幹細胞が枯れているかどうかを確かめる方法は、今のところありません。白髪1本ごとに状態が違う、と同じ資料は述べています。生えている白髪を見ただけでは、戻せる毛かどうかは判断できません。白髪ケアの効き方に個人差が大きいことも、この見分けのつかなさと無関係ではないでしょう。
白髪が出てくるのは何歳ごろからか

「50歳になると半分の人の髪が半分白くなる」という目安を聞いたことがあるかもしれません。50・50・50の法則と呼ばれて長く引用されてきましたが、大規模な実地調査はかなり違う数字を出しました。
4192人を調べ直して分かったこと
英国皮膚科学会の学術誌に2012年に載った国際調査は、健康な男女4192人の髪を色見本と照らし合わせ、この経験則を検証しました。
| 調べたこと | 結果 |
|---|---|
| 50歳で髪の半分以上が白い人 | 出身地域や髪の色によって6〜23% |
| 45〜65歳で白髪のある人 | 74%(白い毛の割合は平均27%) |
| 男女の差 | 男性のほうが白髪が多い |
| 地域の差 | 同じ年齢ならアジア系・アフリカ系は白人より少ない |
目安が独り歩きしていた
50歳で半分以上が白い人は、最も多い集団でも4人に1人に届きません。それでも50・50・50の言い回しは医学系の総説にたびたび登場し、2018年に出た白髪の総説でもそのまま紹介されています。覚えやすい数字は、検証されたあとも長く生き延びるようです。
日本人に当てはめるときの注意
アジア系が白人より白髪が少ないという結果は、同じ年齢で比べた場合の話です。黒い髪は白い毛との明暗の差が大きく、少ない本数でもよく目立ちます。本数は少ないのに気になり方は強い、という組み合わせになりやすいわけです。
若白髪と呼ばれる線はどこか
医学の世界には、早すぎる白髪を指す言葉があります。ただし基準は集団ごとに違い、日本人を含むアジア系については定説がありません。
20歳前・30歳前という区切り
2018年の総説によれば、早期白髪の目安は白人で20歳より前、アフリカ系で30歳より前に白髪が現れた場合とされています。アジア系についての定義は定まっていない、と同じ総説は書いています。中学生や高校生で白髪が数本ある程度なら、珍しいことではありません。
白髪の出やすさを左右する遺伝子
2016年にはラテンアメリカ5か国の6630人を解析した研究で、白髪の出やすさに関わる遺伝子としてIRF4が報告されました。髪や肌の色に関わることが以前から知られていた遺伝子です。親が早くから白髪だった人はそうなりやすい、という実感に少しずつ裏づけが増えています。
年齢とともに毛包で進むこと
加齢による白髪は、細胞の消耗が積み重なった結果と考えられています。原因として挙がるものは1つではありません。
毛の根もとにたまる酸化のストレス
有力な説明の1つが、活性酸素の一種である過酸化水素が毛包にたまり、色素細胞と毛の根もとを傷めるというものです。過酸化水素は、髪を脱色するときにも使われる物質にあたります。体の内側で似たことが少しずつ進んでいる、という見立てになります。
白い毛のほうが速く伸びるという観察
色のある毛より白い毛のほうが速く伸びる——そんな観察を紹介しているのも、先ほどの総説です。ケラチンや成長に関わる分子が白い毛でよく働いており、その勢いが活性酸素を生んで色素幹細胞を削る、という筋書きです。色を失った毛のほうが元気に伸びるという、少し皮肉な図式になります。
ストレスで白髪は本当に増えるのか

苦労すると白髪が増える、という言い伝えには実験の裏づけがあります。ただし確かめられた範囲は、言い伝えの全部ではありません。
マウスで確かめられた仕組み
2020年、ハーバード大学の研究グループが、ストレスで毛が白くなる経路を突き止めて英科学誌ネイチャーに発表しました。犯人は交感神経でした。
神経が色素幹細胞を使い切らせる
強いストレスを受けると交感神経が過剰に働き、末端からノルアドレナリンが放出されます。これを受け取った色素幹細胞は一気に増えて色素細胞へ変わり、補充役が毛包からいなくなってしまいます。蓄えを一度に使い切ってしまう形です。
免疫でもホルモンでもなかった
研究チームは当初、免疫の攻撃や副腎から出るストレスホルモンを疑っていました。ところが免疫細胞を持たないマウスでも副腎を取り除いたマウスでも毛は白くなり、容疑者はどちらも外れます。ストレスを受けていないマウスの皮下にノルアドレナリンを注射すると、それだけで色素幹細胞が失われました。
人の毛を1本ずつ測った研究
2021年には、人の髪でストレスと色の関係を追った研究が学術誌イーライフに載りました。1本の毛を細かく区切って色を測り、時間の物差しとして読む方法です。
14人・397本の毛が記録した時間
コロンビア大学のグループは、平均35歳の健康な14人から集めた397本を調べました。毛は根もとから一定の速さで伸びるため、色の変わり目がいつの出来事かを逆算できます。その時期と本人が記した生活のストレスを並べると、両者が重なる例が見つかりました。
2週間の休暇のあとで色が戻った5本
ある35歳の男性では、2週間の休暇をとってストレスが1年で最も低かった時期に、5本の毛が同じころ白から色つきへ戻っていました。論文はこの現象をまれな一部の毛包に限られるとし、白髪化の初期に起こりやすいと慎重に書いています。条件に合う14人を集めるのに2年半かかったという事実が、そのまれさの証拠でしょう。
一晩で真っ白になることはあるのか
処刑前夜のマリー・アントワネットが一晩で白髪になったという話は、よく知られています。医学的な説明は、色が抜けたのではないというものです。
伸びた毛はすでに死んだ細胞
頭皮から外に出ている部分は、死んだ細胞が固まったものです。血も神経も通っておらず、いったん閉じ込められたメラニンが体の都合で分解されることはありません。髪を切っても痛くないのは、そのためです。
黒い毛だけが抜けたという読み解き
そこで有力になるのが、色のある毛だけが選ばれるように抜け落ちたという説明です。残った白い毛のせいで、一夜にして白くなったように見えたことになります。頭全体に及ぶ円形脱毛症で説明できるとする報告もあり、この現象にはマリー・アントワネット症候群という呼び名まで付きました。急に髪が白くなったのではなく、急に黒い髪を失ったことになります。
白髪が急に増えたとき、何を疑うか

白髪の大半は加齢と体質によるものですが、短い期間に目立って増えた場合は体からの便りであることもあるのです。気になる変化があるときは、自己判断せず皮膚科や内科で相談してください。
栄養の不足が関わる場合
髪の色をつくる工程にも、材料と、酵素の働きを助ける金属が要ります。不足が続けば、色の抜けとして表に出ることもあるようです。
ビタミンB12と悪性貧血
悪性貧血の患者では50歳より前に白髪が現れた人が約55%で、対照群の30%より多かった。2018年の総説は、そんな報告を紹介しています。悪性貧血は、ビタミンB12をうまく吸収できなくなる病気です。白髪だけが単独で出ることは少なく、強い疲れやしびれなど別の症状を伴うのがふつうです。
銅・鉄・ビタミンDの不足
同じ総説には、早期白髪の人で銅の値が低かったという報告も引かれています。貯蔵鉄の指標であるフェリチンの少なさや、ビタミンDの低さとの関連も挙がっています。銅は、メラニンをつくる酵素チロシナーゼの中心に収まっている金属です。髪の色の工場は、微量の金属を1つ欠くだけで手が止まります。ただし研究の規模は大きくなく、サプリメントで白髪が戻ると読み替えられる段階ではありません。
病気のサインとして出ることもある
白髪との結びつきが指摘される病気はいくつかあり、その多くは髪以外の変化を伴うものです。
甲状腺の働きと尋常性白斑
甲状腺の機能異常や尋常性白斑(じんじょうせいはくはん)も、早期白髪と関連しうる状態として同じ総説に挙がっています。悪性貧血や自己免疫の病気も、その並びに入ります。尋常性白斑は皮膚の色素が部分的に失われる病気で、同じ場所の毛が白くなることもあるようです。色素細胞という共通の当事者が、皮膚と毛の両方に顔を出すわけです。
受診を考えたい変化
数か月で明らかに白髪が増えた場合や、抜け毛・皮膚の色の抜け・強い疲れなどが重なる場合は、一度診てもらう値打ちがあります。10代で急に目立ってきた場合も同じです。白髪そのものは病気ではありませんが、ほかの変化と一緒に現れたときは手がかりになります。
たばことの関連を調べた研究
生活習慣のうち、白髪との関連が比較的よく調べられているのが喫煙です。
207人の調査で2.5倍
2013年にインドの皮膚科系の学術誌に載った調査では、30歳より前に白髪が出た群で喫煙者の割合が40.2%と、そうでない群の24.7%より高くなりました。年齢などを調整した比較では、およそ2.5倍という値が報告されています。たばこの煙が活性酸素を増やすことが、背景として挙げられています。
数字の受け取り方
とはいえ207人は、けっして大きな調査ではありません。喫煙する人としない人の生活には、他の違いも混ざります。禁煙すれば白髪が戻る、という結論まで進める材料にはなりません。関連が繰り返し報告されている、という段階にとどめておくのが妥当でしょう。
白髪をめぐる、もう一歩深い話

白髪は失われるばかりの現象に見えますが、近年の研究はもう少し込み入った顔を見せています。
白くなることが体を守っている可能性
東京大学医科学研究所の西村栄美教授らは2025年10月、色素幹細胞の運命を決める分かれ道についての研究を、ネイチャー・セル・バイオロジー誌に発表しました。白髪とメラノーマ(悪性黒色腫)が、同じ分かれ道の反対側にあるという内容です。
傷ついた細胞が自ら退場する
放射線などでDNAに大きな傷を負った色素幹細胞は、老化分化と名づけられた道に入り、色素細胞へ変わって毛包から姿を消します。補充役が去るので、その毛は白くなります。傷ついた細胞をため込まずに手放す仕組みが、白髪という形で表に出ているという見方です。
退場しないときに残るもの
ところが紫外線や発がん性の化学物質では、この退場の仕組みが逆に抑えられ、傷ついた細胞が毛包に残ることが示されました。残った細胞はメラノーマの出発点になりえます。研究グループは、頭皮を過度に活性化させる働きかけがかえってリスクを高める恐れにも触れています。
白くなる馬に起きていること
色の抜けと腫瘍の縁は、人だけの話ではありません。競馬でおなじみの芦毛(あしげ)の馬が、その生きた例にあたります。
年ごとに白くなる芦毛
芦毛の馬は生まれたときは黒や栗色に近く、年を追って白くなっていきます。2008年の研究で、この性質がSTX17という遺伝子の付近にある約4.6キロ塩基の重複によることが分かりました。1本の毛の話ではなく、全身の毛が年齢とともに色を失っていく仕組みです。
白さと引き換えのリスク
同じ変異はメラノーマのできやすさとも結びついており、15歳を超えた芦毛の馬の7割以上に腫瘍が見られるという報告があります。人の白髪とは経路が違うものの、色素をつくる細胞の事情が毛の色と腫瘍の両方を左右する点は共通しています。白い毛は、色素細胞の履歴書のようなものなのかもしれません。
白髪は、抜いても減らず、抜いたからといって増えもしません。増えていくかどうかを決めているのは指先ではなく、毛穴の奥で色を配り続けてきた細胞の残りぐあいのほうです。鏡の前で見つけた1本は、老いの証拠というより、何十年も色を送り出してきた仕事の記録なのだと思います。
参考
- 東京大学医科学研究所「ストレスタイプが決定する老化とがん化の分岐点とその仕組み」
- S. Panhard ほか「Greying of the human hair: a worldwide survey, revisiting the ‘50’ rule of thumb」British Journal of Dermatology 167巻4号(2012)
- A. M. Rosenberg ほか「Quantitative mapping of human hair greying and reversal in relation to life stress」eLife(2021)
- UAMS Health「Does Pulling One Gray Hair Cause More to Grow in its Place?」
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