「敷居が高い」の本来の意味は、不義理や面目ないことがあって、その人の家に行きにくいことです。辞書の多くはこの意味だけを載せ、「高級で入りにくい」は本来の意味ではないとされてきました。ただし文化庁は「誤用」という言葉を使っておらず、三省堂国語辞典のように新しい意味を認めた辞書もあります。
敷居とは家のどの部分?

引き戸を通す溝のついた木
敷居(しきい)は、部屋の境で障子やふすまを開け閉めするための横木です。上には鴨居(かもい)が対になって渡され、敷居の溝を戸がすべります。デジタル大辞泉は、門の内と外を仕切る横木も敷居と説明しています。厚さは4〜5cmほどで、ヒノキやスギがよく使われてきました。
古い呼び名は「しきみ」
世界大百科事典によると、敷居はもともと門の内外を区切るもので、「閾(しきみ)」とも呼ばれました。家の中と外、自分の領分と他人の領分を分ける線だったわけです。またぐことが、そのまま「相手の家に入る」ことを意味したのも自然な流れといえます。
踏んではいけない場所
敷居を踏んだり、枕にしたりすることは昔から嫌われてきました。敷居ごしに物を手渡すのは葬式の作法とされ、ふだんは避けるものだったといいます。境目には特別な意味がこめられていて、軽々しく扱う場所ではなかったのです。
本来の意味は「不義理で行きにくい」

辞書が載せる語釈
精選版日本国語大辞典は「敷居が高い」を、相手に面目のないことなどがあって、その人の家に行きにくくなることと説明しています。その人に会いにくいことも含みます。デジタル大辞泉も「不義理や面目のないことがあって、その人の家へ行きにくい」とし、どちらもお金や格の話には触れていません。
たとえば、ごぶさたした恩師の家
お世話になった先生に何年も連絡しないまま、年賀状まで途切れてしまった。今さら訪ねるのは気がひける。この気持ちが本来の「敷居が高い」です。借りたお金を返していない相手の家や、けんか別れした親戚の家も同じです。原因はいつも自分の側の引け目にあります。
江戸時代の初めにはもう使われていた
日本国語大辞典が挙げるいちばん古い用例は、1661〜73年ごろの評判記『吉原こまざらい』です。明治に入ると、泉鏡花の『婦系図』(1907年)に「何となく疵持足、思ひなしで敷居が高い」という一節があります。後ろめたさを抱えた人物の心情として使われていて、ここでも高級さとは関係がありません。
「高級で入りにくい」はいつ広がった?

「入りにくさ」が橋渡しになった
本来の意味も新しい意味も、「そこへ入っていくのに心理的なためらいがある」点は共通しています。ためらう理由が自分の不義理から、相手の格の高さへと移ったと考えると、意味のずれ方がつかみやすくなります。「敷居が高い店」という言い方が、のれんの奥の見えにくさとも重なって受け入れられたのかもしれません。
昭和の文人にもずれた例がある
毎日新聞の校閲記者のコラムによれば、不義理とは関係のない文脈の用例は、寺田寅彦(1935年)や西田幾多郎(1942年)の随筆にすでに見られます。夏目漱石の『彼岸過迄』(1912年)にも、本来の用法とは微妙にずれた例があるそうです。新しい意味は、ここ数十年で急に生まれたものではないことになります。
言葉の意味が動くのは珍しくない
「敷居」という建具そのものが、暮らしから減ってきたことも関係していそうです。日本大百科全書は、アルミサッシの普及で金属製の敷居が増えたと記しています。またぎにくい木の敷居を日々意識する機会が減れば、言葉のもとになった実感も薄れていきます。もとの姿が見えにくくなった言葉ほど、意味は新しい方向へ動きやすいといえるでしょう。
文化庁の調査で多数派が入れ替わった

2008年度と2019年度の比較
文化庁の「国語に関する世論調査」は、2008年度と2019年度に同じ聞き方でこの言葉を調べています。2008年度の時点で、すでに新しい意味が本来の意味をわずかに上回っていました。11年後には差が27ポイントまで開いています。
2019年度の調査は、全国の16歳以上を対象に、2020年2月末から3月にかけて調査員が一人ずつ面接して行われました。回答したのは1,994人です。二つの意味を示して「どちらの意味だと思うか」を選んでもらう形式でした。
| 選んだ意味 | 2008年度 | 2019年度 |
|---|---|---|
| 相手に不義理などをしてしまい、行きにくい | 42.1% | 29.0% |
| 高級すぎたり、上品過ぎたりして、入りにくい | 45.6% | 56.4% |
| 両方の意味 | 10.1% | 12.2% |
| 分からない | 1.9% | 1.9% |
「両方の意味」と答えた人も1割強
見落とされがちなのが、両方の意味だと答えた人の存在です。2019年度は12.2%で、2008年度の10.1%から少し増えました。新しい意味を知ったうえで、古い意味も覚えている人が一定数いることを示しています。
70歳以上だけが本来の意味を多く選んだ
年齢別に見ると、新しい意味が上回ったのは70歳以上を除くすべての年代でした。40代以下では、新しい意味を選んだ人が本来の意味より40ポイント以上多くなっています。若い世代ほど「高級で入りにくい」が普通の意味として定着しているようです。
「誤用」と言い切ってよい?

文化庁は「本来の意味とされてきた」と書く
文化庁の報告書は、不義理の意味を「辞書等で主に本来の意味とされてきたもの」と表現しています。もう一方を「誤用」とは呼んでいません。「本来とは異なる方が多く選択されている」と、事実を淡々と書くにとどめています。
三省堂国語辞典は新しい意味を載せた
先のコラムによると、三省堂国語辞典は第6版(2008年)で「〔あやまって〕〔高級な店などに〕気軽にはいれない」を2番目の意味として載せました。第7版(2014年)では「近寄りにくい」とし、「あやまって」の注記を外しています。辞書が新しい意味を正式な意味のひとつとして扱い始めた例です。
新聞の校閲も慎重な立場
同じコラムは、原稿にこの用法があれば指摘したほうがよい場合もあるとしつつ、「誤用」と言い切るのは避けるべきだとしています。一方で、多くの辞書はまだ不義理の意味しか載せていません。「誤用」というより「本来とは違う使い方で、気にする人もいる」と受け止めるのが実態に近そうです。
誤解されない言いかえ

高級で入りにくいときの言い方
本来の意味を知る人に「あの店は敷居が高い」と言うと、「何か不義理でもしたの?」と受け取られるおそれがあります。高級さや格式を伝えたいなら、ほかの言葉を選ぶほうが安心です。
- 気後れする
- ハードルが高い
- 気軽には入れない
- 自分には分不相応に感じる
本来の意味で使うときのひと工夫
本来の意味で使う場合も、相手が新しい意味で受け取るかもしれません。「ごぶさたしてしまって、敷居が高くて」のように理由を添えると、引け目の話だとすぐ伝わります。改まった手紙やあいさつでは、「顔を出しづらく」と言いかえる手もあります。
ほかにも逆転した慣用句は?

「手をこまねく」は準備して待つ意味に
2019年度の調査では「手をこまねく」も一緒に調べられました。本来は「何もせずに傍観している」ですが、選んだ人は37.2%。「準備して待ち構える」を選んだ人が47.4%で上回りました。腕を組んで構える姿から、身構えている様子を連想する人が多いのかもしれません。
「浮足立つ」は喜びのそわそわに
「浮足立つ」は、本来は恐れや不安で落ち着かない様子を指します。ところが同じ調査では、喜びや期待でそわそわするという意味を選んだ人が60.1%でした。本来の意味は26.1%にとどまり、20〜30代では差が50ポイントを超えています。
「役不足」も逆向きに取られやすい
この調査には入っていませんが、「役不足」も取り違えの多い言葉です。本来は、力量に対して役目が軽すぎるという意味です。「力不足」と混同されると、ほめたつもりが失礼になったり、その逆になったりします。
「敷居が高い」は、もともと自分の引け目を打ち明ける、少し照れくさい言葉でした。いまは店の格を語る言葉としても通じますが、相手によっては昔の意味で受け取られます。どちらの意味で話しているのか、その一言の裏にある敷居を、ときどき意識しておきたいものです。
参考
- 文化庁「令和元年度『国語に関する世論調査』の結果の概要」
- 精選版 日本国語大辞典・デジタル大辞泉「敷居が高い」(コトバンク)
- 世界大百科事典・日本大百科全書「敷居」(コトバンク)
- 毎日ことばplus 校閲記者のことば「『高級すぎて敷居が高い店』は誤用?」
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