からだの話

なぜ自分の体臭や部屋の匂いには気づかなくなるのか——鼻が知らせるのは「におい」ではなく「変化」

よその家に上がった瞬間、その家だけの匂いを感じることがあります。自分の家で同じことが起きるかというと、まず起きません。体臭も香水も同じで、他人のものには気づくのに自分のものはつかみにくい。鼻が鈍いわけでも、匂いが消えたわけでもありません。嗅...
言葉と論理の話

「本命」「対抗」「大穴」——選挙報道の言葉は競馬新聞から広まった

「本命」「対抗」「大穴」「ダークホース」。選挙の開票速報で当たり前のように流れるこれらの言葉は、たどっていくとほとんどが競馬場と競馬新聞にたどり着きます。政治の言葉でもスポーツの言葉でもなく、馬券を買う人たちの言葉が、いつのまにかニュースの...
言葉と論理の話

ロバ・馬・ポニーは何が違うのか——種が違うのはロバだけ、ポニーは「大きさ」の呼び名

ロバと馬は、別の種の動物です。いっぽうポニーは種でも品種でもなく、体高147センチ以下の馬をまとめて指す「大きさの呼び名」にすぎません。三つを横一列に並べると、とたんに分かりにくくなります。迷う原因ははっきりしていて、生きものとしての区分と...
生きものの話

シマウマは「白地に黒」か「黒地に白」か——皮膚は一色、縞は毛だけにある

シマウマの縞は、黒い地に白い縞が入ったものだと考えられています。決め手になるのは見た目の面積ではありません。皮膚の色と、縞ができあがる順番のほうです。とはいえ「白地に黒だろう」と答えたくなる理由も、ちゃんとあります。腹が真っ白な種がいるから...
社会と仕組みの話

和牛と国産牛は何が違うのか——品種で決まる名前と、育った場所で決まる名前

「和牛」と「国産牛」は、精肉コーナーで値段の違うもの同士として並んでいます。ところがこの二つは、比べ方そのものが噛み合っていません。和牛は牛の品種を指す言葉で、国産牛は牛が育った場所を指す言葉だからです。理屈のうえでは「和牛も国産牛の一種」...
生きものの話

「蛙」はなぜ虫偏なのか——「虫」はもともとヘビの形だった

「蛙」「蛇」「虹」。どれも虫偏の漢字ですが、カエルは両生類でヘビは爬虫類、虹にいたっては生き物ですらありません。それでも虫偏が付いているのは、この「虫」がもともと昆虫を意味する字ではなかったからです。字が最初に描いていたのはマムシ。そこから...
言葉と論理の話

森と林は何が違うのか——「盛り上がったもの」と「人が生やしたもの」

「森」と「林」を分ける決まりは、日本の法律のどこにもありません。森林法にあるのは「森林」というひとつの言葉だけで、どこからが森でどこまでが林か、という線は引かれていないのです。それでも私たちは、ほとんど迷わず使い分けています。神社の裏手は森...
モノと道具の話

ガラスは「固体」か「液体」か——古い窓の下が厚いのは流れたからではない

ガラスは固体です。「じつは液体で、何百年もかけてゆっくり流れ落ちている」という話を聞いたことがあるかもしれませんが、常温のガラスは流れません。古い教会の窓が下のほうで厚くなっているのも、垂れた結果ではありませんでした。とはいえ、この俗説がこ...
言葉と論理の話

「親の七光り」の「七」は七つではない——光の正体と言葉の由来

「親の七光り」の七つの光を並べた一覧は、どの辞書にも載っていません。七つの何かが実在しないからです。この言葉の「七」は、数えるための七ではありません。では何を指しているのか。もとの形をたどっていくと、光の持ち主が親とは限らなかったことまで見...