豚の貯金箱が世界のあちこちにあるのは、豚が「よく増えて残り物を冬の蓄えに変える家畜」として、離れた土地でそれぞれ財産の象徴になってきたからです。600年ほど前のジャワ島では豚の形をした素焼きの貯金壺が使われていました。英語圏では、陶器の器を pig と呼ぶ方言が名前を後押ししています。よく聞く「粘土を豚と聞き違えた」話には、記録の裏づけがありません。
豚が選ばれたのは「増える財産」だったから

母豚は年に2回、1回で約10頭を産む
農林水産省の広報誌によれば、母豚は年に2回、1回あたり約10頭の子豚を産みます。単純に足せば1年で20頭前後。1頭ずつしか産まない牛や馬とは、増え方の桁がまるで違います。
1頭を手に入れれば、翌年には小さな群れになっている。貨幣が行き渡る前から、豚は「放っておいても殖える財産」として目に見える存在でした。アジアでもヨーロッパでも、豚が豊かさや子孫繁栄の象徴とされてきたのはこのためです。
残り物を冬の食料に変える家畜
豚のもう一つの働きは、台所から出る残り物を肉と脂に変えることでした。人が食べない屑を食べて育ち、秋に太らせて塩漬けにすれば冬を越すための備えになります。
豚を飼うこと自体が、すでに一種の貯金だったわけです。小銭を少しずつ入れて最後にまとめて受け取る貯金箱と、残り物を少しずつ与えて冬にまとめて食べる豚。仕組みがよく似ていることを、昔の農家の人たちは肌で知っていたのでしょう。
ドイツ語の「豚を手に入れた」は幸運の意味
ドイツ語には「Schwein haben(シュヴァイン・ハーベン)」という言い回しがあり、直訳は「豚を持っている」、意味は「運がいい」です。ドイツ語辞書DWDSは、19世紀初めの学生言葉から広まったと説明しています。
由来としてよく挙がるのは、射撃大会で負けた人に慰めの品として豚を渡した習わしです。ただし辞書も、これが本当の起源だと言い切ってはいません。負けた人が家計の助けになる豚を手にするのですから、話としてはよくできています。
ジャワ島の豚の貯金壺はいつからある?

マジャパヒト王国の都から出た素焼きの豚
ジョグジャカルタのソノブドヨ博物館の解説では、ジャワ島で豚の形の貯金壺が使われたのは14〜15世紀のマジャパヒト王国の時代です。東ジャワの旧王都トロウランの発掘では、テラコッタ(素焼き)の豚形の貯金壺が数多く見つかりました。
※ マジャパヒト王国とは、13世紀末から16世紀ごろにかけて東ジャワを中心に栄えた王国で、海上交易によって広い範囲に力を及ぼしました。
中に入っていたのは中国の銅銭
博物館の解説によると、これらの壺には中国の銅銭や、地元で流通していた金属のお金が納められていたと考えられています。同じ解説は、アジアの多くの文化で豚が繁栄と豊かさの象徴だったことも、豚の形が選ばれた理由に挙げています。今から600年ほど前、南の島の人々が豚の背中の穴から外国の銭を落としていた。英語に piggy bank という言葉が現れる数百年前の話です。
チェレンガンの語源はイノシシ
インドネシア語とジャワ語では、貯金箱を celengan(チェレンガン)と呼びます。もとになった celeng はイノシシや豚を指すジャワ語です。名前の中に、豚の形がそのまま残っていることになります。
いまのインドネシアでは、陶器でも木でもプラスチックでも、お金を貯める容器はまとめて celengan です。豚の形をしていなくても呼び名は変わりません。形が離れても、イノシシから来た名前だけが生き残りました。
「粘土を豚と聞き違えた」話は本当?

オレンジ色の粘土 pygg の筋書き
よく紹介されるのは、こんな話です。中世のイギリスでは pygg(ピッグ)と呼ばれる安い粘土で台所の壺を作っていた。人々はその壺に小銭をためるようになり、やがて発音が pig(豚)と同じになった。そして注文を受けた陶工が、勘違いして豚の形に作ってしまった、というものです。偶然の取り違えから定番の道具が生まれた、という筋は覚えやすく人にも話しやすい。広く知られた理由の半分は、この語り口の良さにあるのかもしれません。
pygg という粘土の記録がない
英語の語源を長く調べてきたマイケル・クィニオンは、この説明を「どの部分をとっても事実ではない」と退けています。何より、pygg という名前の粘土が使われていた記録が見つかりません。
オレンジ色という細部も、釉薬をかけない素焼きの器がそういう色だったことから後で足された飾りと考えられます。土台になる粘土の名前そのものが、資料で裏づけられないのです。
pig bank の初出は1900年のアメリカ
年代も合いません。クィニオンによれば、最初に現れる形は pig bank で、1900年11月のオレゴン州の新聞『オレゴニアン』が例に挙がっています。piggy bank のほうは1913年2月の雑誌が早い例です。中世のイギリスで生まれた呼び名が数百年も記録に残らず、20世紀のアメリカで突然現れる。そう考えるのはかなり無理があります。
聞き違い説はなぜここまで広まった?

出どころは1965年と1989年の一般書
クィニオンは、この話を二冊の一般向けの本までたどっています。ルドルフ・ブラッシュが1965年に出した『How Did It Begin?』と、チャールズ・パナティが1989年に出した『The Extraordinary Origins of Everyday Things』です。どちらも身近なものの由来を楽しく紹介する本で、この話の根拠になる資料は示していません。学術的な調べものから出てきた説ではなかったわけです。
1990年代のいたずらメールで一気に拡散
この話を大きく広めたのは、1990年代にメールで出回った「1500年の暮らし」という作り話の転送文だとクィニオンは書いています。昔の暮らしの「意外な由来」をいくつも並べた文章で、出典は一つも付いていませんでした。一文で言い切れて、しかも少し笑える。本当の経緯はジャワの壺とヨーロッパの家畜観と英語の方言が絡む長い話なので、伝わりやすさの勝負では短いほうに分があります。
日本語の解説でも第一の説として登場
日本語の雑学記事でも、聞き違い説は「14世紀のイギリス発祥」として最初に紹介されることが少なくありません。よく語られることと、記録から言えることを並べると次のようになります。
| よく語られていること | 記録から言えること |
|---|---|
| pygg というオレンジ色の粘土があった | そう呼ばれた粘土の記録は見つかっていない |
| 14世紀のイギリスで陶工が聞き違えた | pig bank の初出は1900年のアメリカ |
| pig は動物の豚を指していた | 北部の英語では1450年ごろから陶器の器も指した |
| 勘違いから豚の形が生まれた | 豚形の貯金箱はジャワにも中世ドイツにもあり、英語の名前より古い |
北の英語で pig は陶器の器だった

1450年ごろからの「器」の pig
粘土の話が崩れても、豚と貯金の器が言葉でつながっていたこと自体は本当です。スコットランドとイングランド北部では、1450年ごろから pig という語が陶器の器の総称として使われていました。壺も瓶も、台所の焼き物はまとめて pig。硬貨を入れる器も当然 pig です。「小銭の pig」という言い方は、豚の形とは関係なく成り立っていました。
硬貨を押し込む「pirly pig」
スコットランドでは、小銭をためる器を pirly pig(パーリー・ピッグ)と呼びました。クィニオンは、前半の pirly を「突く・押し込む」を意味する古いスコットランド語 pyrl から来たものと見ています。細い口に硬貨をぐいと押し込む。その手の動きがそのまま器の名前になったわけです。ここでの pig はあくまで器で、動物の豚の出番はまだありません。
名前と形はアメリカで出会った
豚の形の貯金箱そのものは、ドイツなどヨーロッパ大陸のほうが早くから作られていました。クィニオンは、ドイツ系の移民が持ち込んだ豚の形と、英語の pig という言葉が新大陸で重なった可能性を挙げています。
器を指す pig と、動物の pig。同じ音の二つの語が移民の国で出会い、名前に引き寄せられるように形が定まった。そう考えると、1900年前後のアメリカで pig bank が急に現れることにも筋が通ります。
中世ドイツの土の中から豚が出てくる

ドイツ最古はテューリンゲンの13世紀
ドイツで見つかった最も古い豚の貯金箱は、テューリンゲン州のビレーベンから出たもので、13世紀のものとされています。工事の最中に見つかりました。
ただし、中で硬貨が見つかったわけではありません。X線で中を調べたところ空っぽで、実際にお金をためていたかどうかまでは分かっていないのです。それでも、豚の形の器が中世のドイツで作られていたことははっきりしています。
硬貨入りで伝わる1576年ごろの豚
中身の入った例もあります。ドイツ西部オイスキルヒェンのシュヴァインハイム城に伝わる豚の貯金箱は、中から硬貨が見つかりました。一番新しい硬貨の年代から、1576年ごろのものと考えられています。城の名前の Schweinheim を直訳すると「豚の家」。偶然とはいえ、豚の貯金箱にはこれ以上ない住まいです。
豚に限らなければ中世の各地に
形を問わなければ、貯金箱は中世ヨーロッパに広く行き渡っていました。ベルギーのブルッヘでは、1250〜1350年ごろの赤い土の貯金箱が割れた状態で出土しています。
尼崎信用金庫の世界の貯金箱博物館によれば、中世のヨーロッパでは鉄でできた筒形の貯金箱も好まれ、18世紀の初めごろまで使われていました。豚はその中の一つの形にすぎず、主役になるのはもう少し後のことです。
昔の貯金箱はなぜ壊さないと開かない?

取り出し口を作らないという仕組み
昔ながらの陶器の貯金箱には、硬貨を入れる細い口しかありません。不便に見えるこの作りは、途中で手を付けさせないための仕掛けでした。目標の額にたまるまで、中身は誰にも取り出せません。割る瞬間が一度きりの区切りになるのも大きなところです。土のかけらと硬貨の山を前にする感覚は、通帳の数字を眺めるのとはまるで違う体験だったでしょう。
鯛を抱えた恵比寿も割るしかない
日本にも同じ作りがあります。世界の貯金箱博物館が所蔵する大正時代の伏見人形「鯛抱きえびす」は、恵比寿が抱えた鯛の口が硬貨の入口です。取り出し口はなく、中身を出すには壊すしかありませんでした。同館の解説では、日本の貯金箱には壊さないと中身を出せないものが多いとされます。ためたら割って使い切る。それが日本の土の貯金箱の基本の形でした。
錠前付きの金属製に進んだヨーロッパ
ヨーロッパでは、壊さずに開けられる貯金箱も育ちました。18世紀の初めから鉄や真鍮、銀で作られ、ビールジョッキの形が多かったといいます。南京錠が付き、中身を守る工夫が進みました。
高価な銀製のものは宮廷の貴族への贈り物にもなり、献辞や年号、贈り主の名が刻まれました。割る器が「貯め切る道具」なら、錠前付きは「持ち運べる金庫」。目的の違いが形にそのまま表れています。
日本の貯金箱は長く豚ではなかった

縄文の甕から江戸の銭箱へ
世界の貯金箱博物館は、日本の貯金箱の先祖を縄文時代の終わりに現れた甕(かめ)に置いています。米や翌年まく種もみを取っておく器が、蓄えの道具の始まりだったという見方です。江戸時代になると、商家の千両箱や木の銭箱、庶民が使う竹の銭筒や銭壺が登場します。ただ、どれも形は箱や筒で、動物の姿をしたものが主流になるのはまだ先でした。
明治の「貯金玉」は宝珠の形
明治に入ると、貯金箱は「貯金玉」と呼ばれるようになります。最初の形は、願いをかなえる宝珠(ほうじゅ)をかたどった土の玉でした。東京・浅草の今戸焼(いまどやき)の土人形から生まれたとされています。続いて恵比寿・大黒・だるま・福助・招き猫といった縁起物が並び、伏見人形の犬や蔵の形も作られました。日本の貯金箱は長いあいだ「福を呼ぶ形」の系譜にあったのです。
豚が主役になったきっかけは1961年の景品
豚の貯金箱が日本の家庭に広まったきっかけとしてよく挙がるのが、1961年に三菱銀行が口座を作った人に配った、ソフトビニール製の子豚「ブーちゃん」です。
配った数は約140万個と紹介されています。同じころ大流行したダッコちゃん人形の販売数が約40万個とされますから、その規模の大きさがうかがえるでしょう。無料の景品が、日本の「貯金箱といえば豚」を一気に作ったと言われています。
2万5000点を集めた尼崎の博物館
兵庫県尼崎市の「世界の貯金箱博物館」は、尼崎信用金庫が1984年4月に「昔の貯金箱博物館」として公開したのが始まりです。いまは62か国の貯金箱を2万5000点以上収蔵しています。
展示は古代から現代まで、日本だけでなく欧米・アジア・中東まで広がっています。豚に限らず、車もジョッキも、鯛を抱えた恵比寿も並ぶ場所です。貯めるという行いがどれほど多様な形をとってきたか、一望できます。
豚より古い貯金箱はどこにある?

神殿をかたどったギリシャの土器
世界の貯金箱博物館によれば、ギリシャのアテネやオリンピアでは、神殿の宝物庫をかたどった土の貯金箱が見つかっています。年代は紀元前300年ごろで、「テサウロス」と呼ばれました。
小アジアのギリシャ人の町プリエネからも、紀元前2世紀ごろの神殿の形をした貯金箱が出ています。屋根の三角の部分に、硬貨を落とす細い溝が一本開いているだけの作りでした。
子安貝を納めた雲南の貯貝器
アジアでは、中国・雲南省で見つかった約2100年前、前漢の時代の貯貝器(ちょばいき)が知られています。滇(てん)という王族の墓から出た青銅の円筒形の器です。
中に納めたのは硬貨ではなく、当時お金として使われていた貝でした。貝を貯める器と、神殿の形の土器と、豚の姿の壺。素材も宗教も違うのに、蓄えを形にして手元に置くという点だけはそろっています。
古い順に並べた出土品と記録
この記事に出てきた貯金箱と言葉の記録を、古いものから並べると次の表になります。豚の形はジャワとドイツで、英語の名前より何百年も先に現れていました。
| 時期 | 見つかっているもの |
|---|---|
| 紀元前300年ごろ | 神殿の宝物庫をかたどった土器(アテネ、オリンピア) |
| 紀元前2世紀ごろ | 神殿の形の貯金箱(プリエネ) |
| 約2100年前 | 雲南の貯貝器(中身は貝のお金) |
| 13世紀 | ドイツ・テューリンゲンの豚形の器(中は空) |
| 1250〜1350年ごろ | ベルギー・ブルッヘの赤い土の貯金箱 |
| 14〜15世紀 | ジャワ島トロウランの豚形テラコッタ |
| 1576年ごろ | ドイツ・シュヴァインハイム城の豚形(硬貨入り) |
| 1900〜1913年 | アメリカで pig bank、続いて piggy bank の語 |
| 1961年 | 日本で銀行の景品「ブーちゃん」が配られる |
豚の貯金箱は、誰か一人の勘違いから生まれた道具ではありませんでした。ジャワの人もドイツの人も、豚を見て「これは増える」「これは蓄えだ」と感じ、それぞれの土地で同じ形にたどり着いています。そこへ英語の方言と移民の国が名前を与えました。聞き違いの話より、ずっと手間のかかった豚なのです。
参考
- Michael Quinion, World Wide Words「Piggy bank」
- Museum Sonobudoyo Yogyakarta「Celengan: A Saving Vessel Across Cultures and Generations」
- 尼崎信用金庫 世界の貯金箱博物館「貯金箱のお話」
- 農林水産省 aff 2026年4月号「豚にまつわる基礎知識」
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