傘の「ろくろ」は、傘の骨を中棒(なかぼう)に束ねている丸い部品です。傘を開くと骨の根元が一点に集まっている天井の中心、そしてその少し下で開閉のときに上下へすべる輪。この二つがろくろで、上にあるほうを上ろくろ、下にあるほうを下ろくろと呼び分けます。
ろくろというのは、陶芸で粘土をのせて回すあの轆轤(ろくろ)と同じ言葉です。傘の部品名には、ほかにも「石突(いしづき)」「陣笠(じんがさ)」「菊座(きくざ)」のように、雨具とは縁のなさそうな語が並びます。どれも別の道具や物から借りてきた名前で、なぜ借りたのかをたどると傘の仕組みがそのまま見えてきます。
傘一本に入っている部品の名前

部品の呼び名と居場所を一覧にしておきましょう。由来は、このあとの節でひとつずつ開けていきます。
| 部品 | ある場所 | 役割 |
|---|---|---|
| 上ろくろ | 中棒の上端 | 親骨の根元を束ねる。動かない |
| 下ろくろ | 中棒の中ほど | 受骨を束ね、開閉のとき上下にすべる |
| 親骨 | 生地の内側 | 生地を支える長い骨。長さが傘のサイズ |
| 受骨 | 親骨の中間から下ろくろへ | 親骨を内側から支える短い骨 |
| だぼ | 親骨と受骨の接点 | 二本の骨をつなぐ関節 |
| はじき | 中棒に刻まれた溝 | 開いた形・閉じた形を留める金具 |
| 露先 | 親骨の先端 | 生地を留める。雨露が落ちていく先 |
| 石突 | 中棒の先端 | 先端の消耗を防ぐ |
| 陣笠・菊座・天紙 | 上ろくろの周り | 水の侵入と生地の摩耗を防ぐ |
| 手元 | 中棒の下端 | 持つところ。柄(え)とも呼ぶ |
ろくろは傘のどこで何をしているのか

ろくろの仕事は、ばらばらに放射する骨を中棒の一点に集めること、そして集めたまま開いたり閉じたりできるようにすることです。東京都洋傘協同組合の部品解説では、上ろくろを「親骨の先と中棒をまとめる部品」、下ろくろを「傘を開閉するために受骨を中棒部分にまとめる部品」と説明しています。ひとつが束ね役で、もうひとつが動き役です。
上ろくろは動かない天井の中心
上ろくろは中棒のいちばん上に固定されていて、傘を開いても閉じても位置が変わりません。傘の内側を見上げたときに、骨が一点から花火のように散っていく中心がここです。
親骨の根元がここから放射状に出る
八本骨の傘なら、上ろくろには八本の親骨の根元が差し込まれています。骨は上ろくろに固定され、そこを支点にして上下に振れます。傘を閉じたときに骨が下向きにそろうのも、開いたときに屋根の形に張るのも、すべてこの一点を軸にした振れ幅の違いです。
天紙と菊座が生地の摩耗を防ぐ
上ろくろの周りには、小さな部品がいくつも重なっています。天紙(てんがみ)は上ろくろのところで生地がすれるのを防ぐ円形の布、菊座は生地の表側の中央をまとめている部品です。菊座という名は、その形が菊の花に似ていることから付いたと説明されています。
下ろくろは中棒をすべって傘を開く
もう一方の下ろくろは、中棒にはまった輪です。手で押し上げると中棒に沿って上へすべり、そこに集められた受骨が押し上げられて傘が開きます。開閉の操作を実際に担っているのは、こちらのほうです。
受骨がつっかえ棒になって親骨を押し上げる
受骨は、下ろくろから親骨の中間あたりへ斜めに伸びています。下ろくろが上がると、この斜めの棒が親骨を外へ押し出して屋根を張る。傘の骨組みはねじやばねを使わず、二本の棒と二つの輪を組み合わせただけのてこで動いています。
英語では下ろくろをランナーと呼ぶ
傘の部品には英語名もあり、中棒に沿って走る下ろくろはランナー(runner)、親骨を支える受骨はストレッチャー(stretcher)と呼ばれます。日本語は「束ねる道具」に、英語は「走る部品」に目をつけた。同じ部品でも、どこを見て名づけたかが言語によって違います。
上下のはじきが開いた形と閉じた形を留める
下ろくろがすべるだけなら、開いた傘は手を離したとたんに落ちてきます。それを止めているのが、中棒に刻まれた溝に組み込まれた「はじき」という小さな金具です。はじきは上下に二か所あり、役割がはっきり分かれています。
上はじきは開いた傘が落ちてこないようにする
傘を開くときの「カチッ」は、上へすべった下ろくろが上はじきに引っかかった音です。傘を閉じるときに中棒の途中を押す小さな出っぱりも、この上はじき。押し込むと爪が溝に沈み、下ろくろが下りられるようになります。
下はじきは閉じた傘が広がらないようにする
下はじきのほうは、閉じた傘がひとりでに広がらないように下ろくろを留めています。ネームバンドを巻かなくても畳んだ傘がふくらまないのは、この下はじきが効いているからです。カバンの中で傘が勝手に開かないのも、この小さな爪一つの働きということになります。
なぜ「ろくろ」という名前がついたのか

陶芸のろくろは回ります。傘のろくろは回りません。それでも同じ名前がついているのは、轆轤という語がもともと、もっと広い範囲の道具をまとめて指す言葉だったからです。
轆轤はもともと回る道具をまとめて指す言葉
『精選版 日本国語大辞典』で轆轤を引くと、意味がいくつも並んでいます。共通しているのは、円い形をしていて、回ることで仕事をする道具だという点です。
陶器を作る回転円盤としての轆轤
もっとも知られている意味は「円形の陶器を作る回転円盤」。用例として挙がっているのは、宣教師がまとめた『日葡辞書』(にっぽじしょ、一六〇三〜〇四年)です。四百年前の日本語にすでにこの語があったことになります。
井戸の滑車や巻き上げ機も轆轤
同じ辞典には、陶芸ともかかわりのない轆轤がいくつも並びます。
- 重い物を引き寄せるための滑車
- 大型の和船で帆や碇(いかり)を上げ下ろしする船具
- 車井戸で釣瓶(つるべ)を上下させる滑車
井戸の滑車としての用例は、室町時代のものです。轆轤とは陶芸の道具の名ではなく、「回して力を伝えるもの」の総称だったわけです。
辞典にも「傘のろくろ」が載っている
そしてこの語義の列の終わりのほうに、傘の部品としてのろくろがきちんと立っています。「傘の柄の上端に取りつけ、傘の骨を集め、開閉できるようにする仕掛け」。傘屋の現場語ではなく、国語辞典の見出しの中に入っている言葉だということです。
別の項では、傘のろくろを「小さな臼状の部品」と形で説明しています。臼(うす)に見立てるのですから、名前の手がかりは「回る」ではなく「円くくぼんでいる」のほうにありそうです。
回らない部品がろくろと呼ばれる理由は諸説
では、なぜ傘の部品が轆轤の仲間に入れられたのか。辞典は語源を明記していないので、ここは傘の専門店やメーカーが立てている見方を並べるほかありません。少なくとも二通りの説明が流通しています。
回転する動作から来たという見方
ひとつは、陶器を作るろくろのように回転する動作から来たという説です。和傘のろくろは木を削って作りますが、その削り出しに使う木工の道具もまた轆轤と呼ばれます。回して削られた円い部品だから轆轤、という筋道なら無理がありません。
放射状に集まる中心という見方
もうひとつは、広い意味の「ロータリー」、つまり放射状に広がるたくさんのものが集まる中心という解釈です。駅前のロータリーを思い浮かべると近いと、大阪の傘専門店みや竹は説明しています。傘の骨が一点へ集まる形を見れば、たしかにそう呼びたくなる部品でもあります。
「石突」は何を突く名前なのか

石突は、傘の先端にかぶせてある金具です。読んで字のごとく「石を突く」名前ですが、開いた傘では、その石突が一本の傘のうちいちばん高いところに来ます。天を向いている部品に、なぜ地面の名前が付いているのでしょう。
もとは槍や薙刀の、地面に突き立てる端
石突という語は傘のために作られた言葉ではありません。『精選版 日本国語大辞典』の定義はこうです。
槍、矛、薙刀(なぎなた)、また、杖、蝙蝠傘(こうもりがさ)などの柄の端の、地面を突く部分。また、そこを包む金具。
武具の言葉に、傘が後から相乗りした形です。
『太平記』にも「石づき」が出てくる
辞典が挙げる古い用例は、十四世紀後半の『太平記』にあります。「二尺五寸の小長刀の石づきを取延べて」。洋傘が日本に入ってくる四百年以上前から、この語は使われていたことになります。
刀のさやの末端は「こじり」
同じ辞典は、刀剣のさやの末端やそれを包む金具も石突と呼び、別名を「こじり」としています。長い棒状のものは、地面に触れる端にだけ名前と金具が要る。石突はその「端の金具」を指す一般名だったのです。
開いた傘では一番高いところにある
名前と位置のずれは、傘を閉じてみると消えます。長傘は閉じると一本の棒で、手元を握れば反対の端が下を向く。地面に当たるのは、まさに石突です。
閉じて立てると石突が地面に当たる
槇田商店の解説も、石突きを「地面に接する、傘の先端」と書いています。石突は開いた傘の飾りではなく、閉じた傘を杖のように突いたときに真っ先にすり減る場所を守る金具ということです。東京都洋傘協同組合が石突きの役割を「傘の先端の消耗を防ぐ部品」と一行で片づけているのも、この前提があるからでしょう。
木の部分は「突先」と呼び分ける
呼び分けはさらに細かくなります。槇田商店では、先端の金属の部位を石突き、その下の木棒の部分を突先(とっさき)と呼んでいるそうです。数センチの範囲に名前が二つ用意されている。傘の先は、それだけ傷みやすい場所なのでしょう。
借りものの名前は石突だけではない
石突の周りに集まっている部品も、たいてい他人の名前で呼ばれます。傘の頂点には、水が中棒を伝って落ちてこないよう何重もの守りが重なっている。その一枚一枚に、借りものの名が付いているのです。
陣笠は足軽がかぶった笠の形から
長傘では、菊座の上に陣笠という部品をかぶせます。目的は石突の部分から水が伝わってくるのを防ぐこと、名前の由来は陣笠の形に似ていることだと東京都洋傘協同組合は説明しています。もとの陣笠は、室町時代以降に足軽(あしがる)や雑兵(ぞうひょう)が陣中でかぶった笠で、薄い鉄や革に漆を塗って兜(かぶと)の代わりにしたものでした。戦場のかぶりものの名が、いまは傘の頂点で雨を受けとめています。
菊座は菊の花に似た形から
その下の菊座は、生地の消耗を防ぐための部品で、こちらは花の名前です。ろくろは陶工の仕事場から、石突は槍から借りた名前です。陣笠は足軽のかぶりもの、菊座は花の形。傘一本の頂点だけで、名前の出どころが四つに散っています。
親骨・受骨・露先という名前は何を表しているのか

骨の名前は、借りものではなく傘の中での役割そのものです。長いほうが親骨、それを支える短いほうが受骨。そして雨水が最後に集まる先端が露先です。
親骨の長さが、そのまま傘のサイズ
親骨は生地に密着して傘を支える主要な骨で、傘のサイズはこの骨の長さで表示されます。商品名の数字が傘の直径でも全長でもないというのは、知っておくと買い物が変わる一点です。
五十五センチ・六十センチ・六十五センチは親骨の寸法
売り場で見かける五十五センチや六十センチという表示は、上ろくろから露先までの親骨一本の長さです。開いた傘の直径はこれよりずっと大きくなります。数字が五センチ違うだけで覆う面積がかなり変わるのは、半径が五センチ伸びるという意味だからです。
骨の本数は四本から二十四本まで
本数にも幅があります。傘の情報サイト「傘全集」の解説によると、いちばん多いのは八本骨。十本以上のものは多間傘(たけんがさ)と呼ばれるそうです。
| 骨の本数 | 特徴 |
|---|---|
| 四本 | 四角い形の傘に使われる最小の構成 |
| 八本 | もっとも多い標準。本数が少ないぶん丈夫な素材を使う |
| 十本以上 | 「多間傘」と呼ばれ、輪郭が円に近づく |
| 二十四本 | 市販される傘のなかでは最多 |
受骨とだぼが傘を内側から支える
受骨は親骨を内側から支える短い骨で、下ろくろから親骨の中間へ伸びています。親骨と受骨が接している関節部分は「だぼ」。開閉のたびに角度が変わり続ける場所で、二本の骨はここで互いに向きを変えます。
骨の素材は鉄が七割
骨の素材は一種類ではありません。同じ「傘全集」の集計では、親骨は復元力の強い鉄が全体の約七割を占めるとされています。残りはグラスファイバーが二割、カーボンファイバーが一割ほど。折れにくさを売りにした傘が高くなりがちなのは、この一割の側の材料を使うからでしょう。
露先は雨露が落ちていく先端
露先は親骨の先端の部品で、生地と骨が結び付けられている場所です。槇田商店の解説では、その名は「雨露が傘骨に沿って流れ落ちていく、先端部分」という意味だと説明されています。傘のふちから水が落ちる、あの一点をそのまま名前にしたわけです。
小間は親骨と親骨のあいだの三角形の生地
生地にも数え方の名前があります。親骨と親骨のあいだに張られた三角形の布は小間(こま)と呼ばれ、八本骨の傘なら八枚、十六本の傘なら十六枚を縫い合わせて作ります。骨の多い傘が高くなるのは、縫う枚数もそれだけ増えるからでしょう。
和傘のろくろはなぜエゴノキでないと務まらないのか

洋傘のろくろは樹脂や木で作られますが、和傘のろくろには代わりのきかない材料があります。エゴノキという木で、これでなければ和傘は成り立たないのだそうです。
和傘のろくろは骨を糸で結びつける木の部品
洋傘のろくろが金具や樹脂で骨をはめ込むのに対し、和傘のろくろは糸で骨をつなぎます。小さな円い木に細かい切り込みと穴を入れ、骨を一本ずつ糸で通して束ねる。だから和傘のろくろは、要(かなめ)と呼ばれます。
細かい切り込みと穴に骨を一本ずつ通す
何十本もの骨が、この小さな一個に集まります。切り込みの精度が甘ければ、骨は均等に開きません。日本経済新聞は、岐阜でろくろを作る工房の仕事を「〇・一ミリ単位の正確さ」を守る作業だと伝えています。
エゴノキが選ばれる理由は木目と粘り
エゴノキが選ばれるのは、木目が大変細かく、粘りが強いからです。細い切り込みをたくさん入れても割れず、糸で引かれても欠けない。関係者の言い方はずいぶん強いものでした。
金属でもプラスチックでも、他の木材でもなくて、エゴノキじゃなきゃ、だめなんです
直径四〜六センチ、二メートルに切って一〜二年乾かす
使えるのは直径四センチから六センチほどの幹だけで、これを二メートルの長さにそろえて切り出します。そこから一、二年乾かしてようやく加工に回る。細すぎても太すぎても使えないため、山から採ってくる段階でもう選別が始まっています。
作っているのは日本でただ一軒
そして、この部品を作っている事業者は日本にただ一軒しかありません。岐阜の木工所で、従事している職人は二名。和傘がどれだけ各地で作られていても、その要はすべてこの一軒から出ていることになります。
材料を集める日は毎年十一月
かつてエゴノキを伐り出していた木こりは一人だけで、二〇一二年に高齢で亡くなりました。そこで同年に「エゴノキプロジェクト」が始まり、以後は毎年十一月ごろ、総勢四十名ほどが山に入って目標の二百本以上を伐り出しています。要の部品の供給が、年に一度のこの人手にかかっているわけです。
部品の名前を知ると傘の扱いはどう変わるのか

名前を覚えて得をするのは、クイズの場面ではありません。傘は部品の集合体なので、どこが弱いかを知っていると、壊し方を避けられます。
濡れた傘をくるくる回して水を切らない
玄関先で傘をくるくる回し、遠心力で水を飛ばす人は少なくありません。ところが専門店みや竹は、水切りのときに回すのは「絶対にやめてください」と書いています。理由は、上下のろくろに過重な負担がかかるから。骨を束ねている一点に横向きの力をかけ続けるのですから、たしかに傘のいちばん急所を狙っていることになります。
買うときは全長より親骨の長さを見る
傘選びで迷ったときの物差しも、親骨です。六十センチと六十五センチの差は五センチではなく、覆える面積の差として効いてきます。肩まで隠したいのか、荷物まで守りたいのか。表示の数字が半径だと分かっていれば、売り場で当てをつけられます。
中棒の上のほうに貼ってある金色のシール
傘を開いて中棒の上のほうを見ると、金色の小さなシールが貼ってあることがあります。日本洋傘振興協議会のJUPAマークで、同会の品質基準に適合した製品に表示されるものです。
※ 日本洋傘振興協議会(JUPA)とは、1963年3月に設立された洋傘の業界団体です。操作性・耐久性・耐漏水性・骨の強度・生地の防水性など約31項目の自主基準(JUPA基準)を定めています。
四桁の数字は作った会員企業の番号
このマークに入っている四桁の数字は、製造した会員企業を示す番号です。何かあったときに責任を持って対応するための識別に使われます。名もない量産品に見える傘でも、中棒の上に小さく身元が書いてあることがある、というわけです。
洋傘が日本に来たころの話

ろくろも石突も和傘から受け継いだ言葉ですが、いま私たちが使っている傘そのものは輸入品として入ってきました。日本洋傘振興協議会がまとめた洋傘の歴史には、その最初の記録が残っています。
最初の記録は一八〇四年の「黄どんす傘一本」
もっとも古い記録は一八〇四年、文化元年のものです。長崎に入港した中国からの唐船の積み荷の目録に「黄どんす傘一本」と書かれていたといいます。たった一本の記載が、日本における洋傘の出発点です。本格的な輸入が始まるのは、一八五九年、安政六年からでした。
一八七〇年には蝙蝠傘の着用禁止令が出ていた
明治の初めに流行した洋傘は、蝙蝠傘(こうもりがさ)と呼ばれました。ところが一八七〇年、大阪府はこんな触れを出します。「百姓町人の蝙蝠傘、合羽、またはフランケットウ着用禁止令」。身分によって持てる物を分ける発想がまだ残っていた時期で、新しい傘はそれだけ目立つ物だったのでしょう。
一八八一年に東京本所で最初の製造会社
国産化はそこから少しずつ進みます。一八八一年、明治十四年に東京本所(ほんじょ)で最初の製造会社が設立されました。材料まで含めた純国産化が実現したのは、明治二十二〜二十五年ごろだとされています。禁止令から二十年ほどで、傘は輸入品から国産の日用品に変わったことになります。
ろくろに石突、陣笠に菊座。一本の傘のなかで、陶工の仕事場と戦場と花壇の名前が同居しています。新しい道具に名前を付けるとき、人はまず手元にある古い言葉を探すのだとしたら、これから生まれる道具は何の名前を借りることになるのでしょう。
参考
- 東京都洋傘協同組合「傘の部品解説」
- コトバンク(精選版 日本国語大辞典)「轆轤」/「石突」
- 日本洋傘振興協議会「洋傘の歴史」
- 長良川STORY「和傘の重要パーツ『ろくろ』の材料を確保!『エゴノキ プロジェクト』で和傘を救う」
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