「ずさん」を漢字で書くと「杜撰」です。「撰」は詩や文章を作ること、「杜」は北宋の詩人・杜黙(ともく)の名字だとする説がよく知られています。杜黙の詩は漢詩のきまりに合わないものが多く、きまり外れの物事を杜撰と呼ぶようになったという話です。ただしこの話を書き残した南宋の王楙(おうぼう)自身が、杜は人名でないかもしれない材料も並べています。
「杜撰」の杜と撰は、それぞれ何を指す?

撰は詩や文章を作るという字
「撰」の訓読みは「えらぶ」です。デジタル大辞泉は意味を三つに分けています。詩や文章を作る(撰述)、詩文を選んで編む(勅撰)、よりすぐる(精撰)。「杜撰」の撰は一つめの「作る」にあたります。
同じ「せんじゃ」でも、「撰者」は歌集を編集する人です。『古今和歌集』の撰者といえば紀貫之たちのこと。新聞の投稿欄で入選作を決めるのは「選者」と書き分けます。
杜は宋の詩人・杜黙の名字とする説
いちばん広く知られた説の出どころは、南宋の随筆『野客叢書(やかくそうしょ)』巻二十の「杜撰」という項目です。
杜默為詩、多不合律。故言事不合格者為杜撰。
『野客叢書』巻二十「杜撰」、筆者訳
(杜黙の作る詩は、律に合わないものが多い。だから、物事がきまりに合わないことを杜撰という。)
「律」は漢詩の音や形のきまりです。唐の時代に整った近体詩には、平声(ひょうしょう)と仄声(そくせい)の字を決まった順に並べる「平仄(ひょうそく)」の規則があります。杜黙の詩はこの型から外れがちだった、と伝えられているわけです。
「ずさん」は杜の呉音と撰の別の音
「杜」はふつう「と」、「撰」は「せん」と読みます。精選版日本国語大辞典によると、「ず」は杜の呉音です。呉音は漢音より前に日本へ入った漢字の音で、仏教の言葉に多く残っています。杜甫(とほ)の「と」は漢音のほうです。
「さん」も撰の別の音で、同じ辞典は古くは濁って「ずざん」とも言ったと記しています。1617年に出た辞書『下学集(かがくしゅう)』の版本の序では、「杜撰」に「ヅザン」と読みがなが振られています。
杜黙はどんな詩を書いた人?

石介は杜黙を「三豪」の一人に数えた
杜黙は北宋の人で、11世紀前半の学者・石介(せっかい)に持ち上げられました。石介の詩「三豪」は「曼卿は詩に豪、永叔は文に豪、杜黙は歌に豪」とうたったと伝わります。曼卿は詩人の石延年(せきえんねん)、永叔はのちに唐宋八大家に数えられる欧陽脩(おうようしゅう)の字(あざな)です。
欧陽脩も杜黙に詩を贈り、「我も濫(みだ)りに一名」と書きました。自分もその一人にみだりに名を連ねた、と一歩下がった言い方です。
「学海波中の老竜」を蘇軾は笑った
評価をひっくり返したのが、欧陽脩より30歳ほど若い蘇軾(そしょく)の短い文章「評杜默詩」です。杜黙の歌は世にあまり出回らず、のちに読むと「学海波中の老竜、聖人門前の大虫」といった句ばかり。蘇軾は「甚だしいかな介の無識なる」と、石介の目を疑いました。
密造酒と病死した牛の肉にたとえた
蘇軾はさらに、杜黙の豪気を「学者が私酒を飲み、病で死んだ牛の肉を腹いっぱい食べたあとに出てきたもの」とたとえました。奇抜な詩は盧仝(ろどう)や馬異で行き着くところまで行っており、それ以上の奇を求めれば杜黙になる、とまで書いています。律の話とは別の角度ですが、型破りな詩人と見られていたことは伝わります。
語源を書き残したのは南宋の考証家

王楙は仕官せずに書物を調べた人
杜黙の名を挙げたのは同じ時代の人ではなく、100年以上あとの王楙です。長洲(いまの江蘇省蘇州あたり)の人で、母を養うために役人にならず、家で著述を続けて「講書君」と呼ばれたと伝わります。『野客叢書』は古典どうしの食い違いを調べて書き留めた本で、慶元元年(1195年)の自序があります。
「沒包弾」と対にして紹介された杜撰
項目の書き出しは「包弾は杜撰と対になる、はなはだ的確だ」です。北宋の包拯(ほうじょう)は、役人に過ちがあれば必ず弾劾した厳しい官僚でした。そこで欠点のない物事を「沒包弾(包拯も弾劾できない)」と言ったそうです。
包拯はのちの芝居で名裁判官として描かれ、「中国版の大岡越前」とも紹介される人物です。欠点なしの「沒包弾」と、きまり外れの「杜撰」。人の名から生まれたほめ言葉とけなし言葉が、一組で並べられていたのです。
出典の書き手は、杜黙のほかにどんな説を書いた?

杜田・杜園の杜は「仮の」という意味
王楙は杜黙の説を紹介したすぐ後に「然るに僕また観るに」と続けました。世間には「杜田」「杜園」という言い方があり、この杜は「仮(假)」のような意味だといいます。本式ではない、というニュアンスです。そう読めば「杜撰」は「仮に作った文章」となり、杜黙を持ち出さなくても意味が通ります。
自家製の薄い酒は「杜酒」と呼ばれた
自分で醸した薄い酒を「杜酒」と呼ぶのも同じ使い方だ、というのが王楙の見立てです。杜甫の詩にも「杜酒偏勞勸」の句があります。王楙は、杜甫の意図は酒造りの祖とされる杜康(とこう)だろうとしつつ、俗語の意味とちょうど重なると指摘しました。
日本の酒造り職人「杜氏(とうじ)」の名も杜康に由来するという説があります。ただ、家を取りしきる女性を指した「刀自(とじ)」から来たという説も並び、こちらも一つには決まっていません。
「誰の撰か」「度撰です」で満堂が大笑い
もう一つの材料は、北宋の僧・文瑩(ぶんえい)の随筆『湘山野録(しょうざんやろく)』巻上の一場面です。学士の盛度(せいど)が、高官だった張知白(ちょうちはく)の神道碑(墓への参道に建てて功績を刻む碑)の文を作りました。参知政事の石中立(せきちゅうりつ)が「これは誰の撰か」と急いで尋ねます。
盛度はとっさに「度撰です」と答えました。自分の名で「度が撰しました」と言っただけです。言い終えてから本人も気づき、その場の全員が大笑いしたと記されています。
度と杜は同じ音に聞こえる
笑いが起きたのは「度撰」が「杜撰」と同じ音に聞こえたからだ、と王楙は読みました。現代の中国語でも度と杜はどちらも dù です。盛度は杜黙より前の人なので、「杜撰の説は古くからあった」と王楙は結んでいます。ただし『湘山野録』の本文に「杜撰」の語そのものは出てきません。
皮肉なことに、正史『宋史』は盛度を「文を為るに敏なれども、泛濫(はんらん)して精ならず」と評しています。筆は速いが緻密さに欠ける、という意味です。
杜光庭説もあり、元祖は決まっていない

唐末に道教の書を集めた杜光庭
杜黙説のほかに、精選版日本国語大辞典は「道家の書五千巻を撰した杜光庭(とこうてい)」を指す説も挙げています。杜光庭は850年生まれ、唐末から五代の道士です。科挙に失敗して天台山に入り、のちに蜀の成都で、散らばっていた道教の経典を集めて整理したことで知られます。
四つの説を出どころで比べる
どれも「杜」の一字に何を読むかの違いです。出どころと引っかかる点を並べると、決め手のなさが見えてきます。
| 説 | 「杜」が指すもの | 出どころ | 気になる点 |
|---|---|---|---|
| 杜黙説 | 北宋の詩人・杜黙 | 『野客叢書』巻二十(南宋) | 書いた王楙自身が別の説を並べている |
| 俗語説 | 「仮の」という意味の杜 | 同じ項目(杜田・杜園・杜酒) | 当時の俗語で、ほかの用例を確かめにくい |
| 度撰の洒落 | 同じ音の「度」(盛度の名) | 『湘山野録』巻上(北宋) | 本文に「杜撰」の語は出てこない |
| 杜光庭説 | 唐末の道士・杜光庭 | 精選版日本国語大辞典が紹介 | どの資料による説かは辞典に書かれていない |
辞典も「人名と見る説が多い」としながら、どれか一つには決めていません。
日本ではいつから「杜撰」と言うようになった?

道元が『正法眼蔵』に「杜撰の長老」と書いた
杜撰は宋代の言葉で、日本には禅を通じて入った、と精選版日本国語大辞典は述べています。挙げられた最も古い例は、宋に渡って曹洞宗を開いた道元(1200〜1253)の『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』仏道の巻です。
そこには「いまの杜撰の長老等、みだりに宗の称をもはらする」とあります。いいかげんな長老たちが、むやみに宗派の名ばかりを名乗っている、という趣旨の批判です。書物に限らない「いいかげん」の意味で、すでに使われていました。
『野客叢書』から数十年後の用例
道元の入宋は1223年、帰国は1227年。『正法眼蔵』は1231年から1253年にかけて説かれ、『野客叢書』の自序(1195年)から数十年後にあたります。宋で使われていた言い回しを、留学した僧が持ち帰ったと考えると時期はよく合います。
江戸から現代へ、意味は少しずつ広がった

江戸の学者は書物の誤りを杜撰と呼んだ
江戸の用例は、辞典が一つめに挙げる「詩文などで、典拠の正確でないことを述べること。あやまりの多い著作」の意味に寄っています。1617年の『下学集』元和本の序は、よく知られた誤りとともに「杜撰」の語を使い、どれも問いただして改めたと述べています。辞書の作り手にとって、杜撰は直すべき誤りそのものでした。
1742年には国学者の荷田在満(かだのありまろ)が『国歌八論』に、藤原定家の名をかたった偽の本を「杜撰甚しきもの」と書いています。
「杜撰する」と動詞で使った明治の例
辞典が挙げる三つめの意味は「うっかり間違えること」です。例は宮崎柳条の『造化妙々奇談』(1879〜80年)で、「昧者(まいしゃ)之を杜撰して麒麟と云」とあります。物を知らない人が取り違えて麒麟と呼んでいる、という使い方です。
性格にも仕事ぶりにも使う現代の「ずさん」
津村節子の小説『さい果て』(1964〜71年)には、「神経質でありながら、案外ずさんなところのある彼は」という一文があります。デジタル大辞泉の例は「杜撰な管理」「杜撰な計画」。人の性格にも組織の仕事ぶりにも使える、幅の広い言葉になりました。
中国語の「杜撰」も、日本語と同じ意味?

中国語の杜撰は「根拠のない作り話」
同じ二文字でも、今の中国語の杜撰(dù zhuàn)は「いいかげん」ではありません。台湾教育部の『国語辞典簡編本』は「事実の根拠がないのに作り上げること」と説明しています。例文は「小説に出てくる人物の多くは、作者が杜撰したものだ」。日本語なら手抜かりの多い人物ですが、中国語では作者がこしらえた人物になります。
『紅楼夢』では「誤り」と並べて使われた
同じ教育部の『重編国語辞典修訂本』は、杜黙の故事を紹介したうえで「のちに根拠のない捏造を指すようになった」と書きます。用例には清代の小説『紅楼夢』第七十八回が引かれ、古人の書いたものにも「杜撰もあれば誤りもある」と考える場面です。杜撰と誤りを別々に数えるところに、作り話寄りの意味が表れています。
日本では「誤り」、中国では「捏造」へ
海を渡った同じ二文字は、別々の意味に落ち着きました。読みと使い方まで並べると、違いがはっきりします。
| 項目 | 日本語の「ずさん」 | 中国語の「杜撰」 |
|---|---|---|
| 読み | ずさん(古くは「ずざん」) | dù zhuàn |
| 中心の意味 | 誤りや手抜かりが多い | 根拠なく作り上げる |
| よくある使い方 | 「ずさんな管理」(形容動詞) | 「作者が杜撰した」(動詞) |
| 近い言葉 | 粗雑・ぞんざい | 捏造・虚構 |
「典拠が正確でない」という日本の辞典の一つめの意味を真ん中に置くと、二つはつながります。誤りの多さの側に寄ったのが日本語、根拠のなさの側に寄ったのが中国語です。分かれた経緯までは辞典にも書かれていません。
「ずさん」と「ぞんざい」「なおざり」はどう違う?

いいかげんを表す五つの言葉の使い分け
どれも「いいかげん」の仲間ですが、ずさんは誤りや手抜かりの多さに重心を置く言葉です。中身が雑なのか、扱いが雑なのか、気持ちが足りないのかで分けると違いが見えます。
| 言葉 | 辞典の説明(要約) | 使い方の例 |
|---|---|---|
| ずさん(杜撰) | 物事がいいかげんで、誤りが多い | ずさんな管理 |
| 粗雑 | いいかげんで大ざっぱ | 粗雑な扱い |
| ぞんざい | いいかげんにする/言動が乱暴で礼を欠く | ぞんざいな口のきき方 |
| なおざり(等閑) | 本気でない、放っておく | しつけをなおざりにする |
| おざなり(御座形) | その場のがれで誠意がない | おざなりな答弁 |
なおざりは放置、おざなりは間に合わせ
まぎらわしい二語について、デジタル大辞泉は使い分けを添えています。「なおざり」は、すべきことをしなかったり手を抜いたりするさま。「おざなり」は、その場だけの間に合わせで済ませるさまです。宿題に手をつけないのが「なおざり」、写して形だけ出すのが「おざなり」と考えると区別しやすくなります。
おざなりの語源は「御座敷の形」
精選版日本国語大辞典は、「おざなり」を「御座敷の形(なり)」から来た言葉と説明しています。お座敷で、その場に合わせた形だけをとる様子です。1811年の川柳集『柳多留』には「お座なりに芸子調子を合はせてる」という句が残っています。
杜と撰はどちらも常用漢字ではない

ひらがなの「ずさん」をよく見かける理由
デジタル大辞泉は、杜と撰をどちらも人名用漢字としています。常用漢字以外で、子どもの名前に使える字として定められたものです。常用漢字表にない字は、新聞や公用文では言い換えるか、ひらがなで書くことが多くあります。ニュースで「ずさんな管理」とひらがな書きを目にするのは、このためと考えられます。
杜はもともと木の名前でもある
「杜」は「ふさぎ止める」(杜絶)のほかに、ヤマナシという木の名も表す字です。日本では「もり」と訓読みし、神社の森を「鎮守の杜」と書くのも、この訓読みです。杜若(かきつばた)、杜鵑(ほととぎす)のような難読語にも顔を出します。
語源に人の名が出てくると、つい一人の失敗談として覚えたくなります。けれど話を書き留めた王楙は、同じ項目に俗語の「杜酒」と宮中の「度撰」を並べ、杜黙ひとりに押しつけませんでした。900年あまり前にけなされた詩の評判は、名字ごと「いいかげん」の代名詞として今も使われています。人の名がついた悪口の語源ほど、名指しされた本人の側から一度疑ってみる値打ちがあります。
参考
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